あぁ、よく寝た。これが今朝目覚めたときの率直な感想。この不思議な感覚は、一体何なのだろうか。熟睡や爆睡といった類の深い眠りに落ちた感じではなく、すっと寝つきすっと目覚めただけなのにものすごく体も頭もこころまでもが軽くなっている。
下部温泉の安眠効果に驚きを隠せないまま、すっきりとした心持ちで朝風呂へ。昨日のうちにぬる湯の温度感にだいぶ慣れたため、初めから温度の低い方の浴槽へ。うわ、やっぱりちと寒かったかな。そう思うのも最初のうちだけで、しばらくじっとしていれば何とも言えぬ心地よさに包まれます。
気づけば40分、静かに揺蕩う下部のぬる湯。あぁ良く浸かったな。そう思える頃が上がり時。最後に熱い湯舟でさっと体を温めて、足取り軽く部屋へと戻ります。
こたつに入り、のんびりぼんやり過ごす朝の時間。信玄公の隠し湯効果を全身に受けゆるゆるとほぐされだらけていると、お待ちかねの朝ごはんが運ばれてきます。
下部温泉は、安眠のみならず胃腸にも良いみたい。文字通り空っぽになったお腹に、おいしい和朝食が沁み渡る。塩鯖や目玉焼き、豚と糸こんのきんぴらに明太子。どれもご飯に合うものばかりで、鉱泉で炊いたもち甘ご飯をこころゆくまで味わいます。
お風呂へ向かう途中に鉱泉も飲める湯上り処があり、朝の時間帯には宿泊者用のコーヒーのサービスが。おいしい朝ごはんの余韻の中、朝日の当たる縁側で飲むコーヒー。こんなゆるりとした贅沢に身を委ねられるのも、連泊だからこそ。
敷きっぱなしの布団に転がり、うとうとするわけでもなくのんべんだらり。そんな甘美な怠惰に身を任せ、お腹も落ち着いたところで再びお湯へ。冷たい源泉と、じっと向き合う静かな時間。ゆったりと流れる穏やかさが、とにかく愛おしい。
下部のお湯はお腹がすく。朝におひつ一杯食べたのに、お昼どきには心地よい空腹が。そんなタイミングでお待ちかねのお昼が運ばれてきます。
このざるそばは、連泊者へのサービスとのこと。皆さんにお出ししているんですよと女将さんが言われていましたが、良心的な宿泊料金を考えるとお代を払わせてほしいと思えてしまう。
おいしいざるそばを味わい、再び湯屋へ。道中の壁には、昭和30年と書かれた歴史を感じさせる温泉分析書が。部屋に置いてある資料によると、ここ橋本屋は江戸時代の創業だそう。当時は目の前の神泉橋近くに4軒の宿があったそうで、言わば下部温泉の湯治場としての歴史を見続けてきた生き証人。
昨日は温冷交互浴を愉しんだけれど、最初からぬる湯にじっくりと浸かる入り方がどうやら僕には合っているみたい。清らかなお湯に揺蕩い、ただ時が過ぎゆくのを傍観する。その先に待つのは、積もり積もった日々のあれこれすらほどける至福の湯上り。
部屋とお風呂を足しげく往復するより、一度行ったらじっくりと時を過ごしたくなる不思議なぬる湯。そんな湯浴み体験に染まっていると、あっという間に夕刻前に。
本日幾度目かの湯上りに味わう、冷たいビール。そのお供には、お茶菓子として用意されていた下部温泉銘菓のかくし最中。白あんに甘酸っぱい干しぶどうがよく合い、夜の日本酒に取っておけばよかったとちょっとばかり後悔。
愉しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもの。ゆるゆるとぬる湯と戯れているといつしか日も暮れ、もうまもなく夕食の時間に。
それにしても、ここのお湯は本当に腹がすく。久しぶりに味わう素直な空腹感に喜んでいると、お待ちかねの夕食が運ばれてきます。
おいしい七賢を頼み、まずは前菜から。近くの身延山の名物である湯葉。厚めの湯葉刺しはもっちりとした食感で、ぎゅっと込められた豆の味わいが美味。さつまいもの甘煮は程よい甘さとホクホク感を味わえ、柚子のきいたなますはさっぱりとしたおいしさ。
右上の海老の真丈巻きは、野菜の旨さを活かした上品な一品。隣の鶏と根菜の煮物はコクのある味わいで、とろとろの玉ねぎやホクとろの長芋が七賢を誘います。
あめ色に炊かれた大根は、しっかりめの味付けと内側に残された大根のジューシーさの対比が絶妙。豚の陶板焼きもたっぷり野菜が嬉しく、お肉や野菜を活かすたれがまたおいしい。
こころ温もる手作りの味に七賢を空け、下部鉱泉で炊いたもちもち甘旨のご飯とうなぎで贅沢な〆。優しいおだしのかきたま汁で締めくくり、今宵も大満足大満腹で夕餉を終えます。
あとはもう、お酒とお湯に浸る時間。そんな夜のお供の1本目に開けたのは、富士河口湖町の井出醸造店が醸す甲斐の開運純米。富士五湖で唯一の酒蔵だそうで、富士山の湧水を感じさせるきりりと辛口の旨い酒。
続いては、北斗市は八巻酒造店のお館様純米酒ワンカップ。辛口の味わいの中に酸味や旨さを感じさせ、山梨の酒の幅広さを実感します。
そしてやっぱり、今宵も山梨といえばのワインで〆ることに。勝沼の蒼龍葡萄酒、グラン甲州を開けます。ひと口含んで、うわっすごっ!と思わず呟く芯の強さ。フルーティーさや妙な酸味はなく、ものすごくドライ。その奥に白ぶどうの風味があり、今宵飲み継いできた日本酒の余韻にも負けない力強さ。
甲州の酒に酔い、信玄公の隠し湯に身を委ね。この2日間で心身すっかりほぐされ、軽やかさに包まれ下部での静かな夜は更けてゆくのでした。
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