松阪で迎える静かな朝。ときおり聞こえる車の音に予感しつつカーテンを開ければ、青白さに支配される濡れた街並み。
今日からは、旅の終わりまで雨予報。まあたまにはそんな旅路も良いかと気持ちを切り替え、朝食会場へと向かいます。今回宿泊したエースイン・松阪は無料の朝食付き。夕方もアルコールを含む好きなドリンク一杯が無料で楽しめ、このご時世この値段でいいのかと心配になるお手頃価格。
お惣菜を中心とした和の朝食で腹ごしらえし、ひと息ついたところでチェックアウト。絶妙に傘の要らぬ感じでそぼ降る雨の中、日曜日の静かな松阪駅へと向かいます。
待つことしばし、近鉄山田線の急行宇治山田行きが到着。これぞ近鉄といった顔つきに、朝から思わずニヤニヤしてしまう。
今日もLCカーに陣取り、のんびり眺める雨に煙る車窓。流れゆく田畑は一足早く芽吹きの色に染まり、モノトーンに彩りを添えるやわらかな緑が美しい。
松阪から急行で一駅、あっという間の14分で伊勢市に到着。本降りとなった雨に打たれつつ、ここから歩いて外宮を目指します。
駅前から外宮へとつながる、まっすぐにのびる参道。その両脇には年代や表情の異なる建物が連なり、中には昭和の空気を缶詰のように残した味わい深い食堂も。
古から続くお伊勢さんの賑わいを感じさせる参道の中で、ひときわ目を引く重厚な建物。こちらは明治時代から続く刃物屋さんだそうで、現在は刃物のほか雑貨なども販売しているよう。
さらに先へと進むと、見るからに長い歴史を刻んできたことが判る木造三階建てが。この山田館は、100年以上もこの地で参拝者を受け入れ続けてきた現役の宿。木造旅館好きとしては、いつかは泊まりに来なければ。
永きに渡るお伊勢参りの歴史の滲む参道を抜け、目の前には外宮の深い森が。さあ向かおうかとふと横を見ると、かわいいわんこの像が。江戸時代には、旅に出られぬご主人の代わりに参拝へと向かったおかげ犬がいたそう。わんこの健気さ、沁みるな・・・。
そうか、前回ここに来たときはまだだいちゃんは元気に走り回っていたんだっけ。わんこの姿にあの温もりを重ね、10年ぶりとなる外宮へと進みます。
お伊勢さんにお参りするのは三度目ですが、鳥居の脇にこれまで全く気付かなかった池があるのを発見。雨に煙る森に抱かれた静かな水面は、この天候ならではの幻想的な空気に包まれています。
前回、前々回は晴れ空でしたが、こうしてしとしとと雨降る中のお参りは今回が初めて。水に濡れ艶やかさを増した森はまた違った表情を魅せ、お伊勢さんに漂う荘厳さをより一層深めるよう。
傘を打つ雨粒の音、踏みしめる玉砂利の心地よさ。深い森に抱かれた参道を歩き、外宮の中心である正宮へ。前回訪れたときは白木の輝きが印象的でしたが、この渋みをまとった佇まいに10年という時の重みを感じずにはいられない。
そのときはまだ残っていた旧正宮もすっかりなくなり、その広大な更地は古殿地として9年後の遷宮をひっそりと待っています。
初めてお参りしたときは旧正宮で、前回は遷宮した翌年だった。それから10年、再びこうしてお参りできるという幸せを噛みしめる。
旅を愛する者にとって、自由に歩けるということは何物にも代えがたい悦び。それは自分の健康や懐具合、時間的なものであったり、はたまた時節的なものであったり。旅できぬ日々を抜けた今、それらが揃うことがどれだけ貴重なものかが痛いほど良く解る。
10年ぶりとなるご挨拶を終え、静かに歩く雨の参道。その間に経てきた様々な記憶を一歩一歩に重ね、いつになくしっとりとした心持ちに包まれるのでした。
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