長い長いダムを渡りきり、対岸をしばし散策します。ダムから少し離れたところからは、さながら古代遺跡かのような眺めが。険しい自然と、無機質な人工物。ある種異様な光景が広がります。
ダムより上流側は、ダム付近と打って変わって穏やかな景色を眺めることができます。途中には吊橋もあり、水、森とメリハリのある遊歩道を快適に散策できます。
コース途中には、清冽な湧水が作る、豊富な流れが。周りに茂るシダが水飛沫を浴び、太陽の光を受けてキラキラと輝きます。その水は冷たく、歩いて火照った体を心地よく冷ましてくれます。
ダムから遡ること約15分、半島状の山に位置する展望広場に到着。ここまで来るとダムの荒々しさはみじんも感じられず、穏やかな湖面が広がるのみ。対岸には残雪光る山が並び、その標高の高さを感じさせます。
ちなみに、案内板によれば、湖面の高さは約1800m、向かいの山の標高は約2800mとのこと。ということは、湖面から頂上まで、1kmもの標高差があるということ。あまりにも湖面、山、そして空の距離が近いので、感覚が麻痺してきます。
ここから下流を眺めると、はるか遠くにダムの姿が。突如天空に現れた要塞と湖、そんな表現がしっくりくる光景。
あまりにも険しい山々、それに抗うかのように築き上げられたコンクリートの巨大建造物。なんともミスマッチで、それでいて妖しい魅力を感じさせる、不思議な場所。まさにここが、自然と人間とが拮抗する最前線、そう思わせるだけの迫力があります。
来た道を引き返し、トロリーバス乗り場へと戻ります。途中、もう一度黒部ダムの雄姿を瞼に焼き付けます。下流に広がる美しい峡谷。このダムさえなければ、今でも上流側は同じような美しい自然が保たれていたのかもしれません。
人間は、時としてあまりにも残酷なことをします。訪れる前、ダム建設以前の黒部峡谷の白黒写真を見て、そして実際下流側の美しい景色を目の当たりにし、まさにそれを感じました。そして、この巨大なダムは、人間の欲の塊なのだと。
ですが、それと同時に、このダムは、人々の夢や希望の結晶であることも間違いのない事実。戦後間もない頃からの世紀の難工事の果てに作られたこのダムは、日本の復興の源となり、どれだけの産業、豊かな暮らしを支えてきたことか。それは現代人の僕には到底想像もつかないほどでしょう。
そして、今なお現役で頑張り続けている。このダムには、物質的には豊かになったであろう現代にはない、土臭いロマンのようなものを感じます。
殉職された方々に黒部の大自然、様々な犠牲を払って作られた黒部ダム。ですが、今なお暮らしを支え、そして容易には近付くことができなかったであろう黒部峡谷へ人々を誘い、美しい景色で僕らを包んでくれる。
この偉大な土木遺産を、いつまでも大切に使っていくこと、そして、もうこれ以上の自然破壊はしないこと。これが我々に課せられた使命なのかもしれません。この大きな黒部ダムは身体を張って、この小さな僕にいろいろなことを語りかけてくれました。
ダムを渡りきり、もう一度雪の残る美しい山を目に焼きつけ、黒部ダムを後にすることにしました。この美しい景色よ、永遠に。そう願わずにいられません。
天空に広がる別世界、あまりにも美しすぎる黒部ダムに後ろ髪を引かれつつ、トロリーバスで麓へと戻ります。途中、破砕帯では難工事に携わった方々のご苦労を偲びながら。
無事に下山し、一路東京を目指します。梅雨とは思えないほどの暑さですっかり汗をかいた僕たちは、途中の大町温泉にある日帰り温泉施設、『薬師の湯』に立ち寄り、汗を流すことに。旅には温泉、やっぱり欠かせません。
帰りも豊科ICから高速に乗り、途中の梓川SAで休憩。ここで頂いたのが、りんごソフト。今年のスキーで初めて食べて、すっかりファンになってしまいました。
ソフトクリームといっても、さっぱりしたシャーベット系。りんごの爽やかな風味がフワッと広がり、信州の風を思わせます。
わさび田を流れる清冽な水に、黒部を満たす、青緑の湖水。それを囲むわさびの葉や山、そして空。青という言葉では表しきれないほどの様々な青が、僕たちを迎えてくれました。
天に近い碧の世界、そんな信州・黒部を巡る旅。その鮮やかな色彩は、ずっと色褪せることなく、僕の心に残ることでしょう。
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