おいしい比内地鶏と雅やかな花輪ばやしに触れ、道の駅かづのあんとらあから歩いて鹿角花輪駅へ。15分足らずの距離ですが、時間に余裕もあったので駅近くのスーパーいとくに寄り道。そこでも夜のお供を仕入れ、予定通りの『秋北バス』志張温泉行きに乗車します。
ちなみにこの路線、もともと本数が少ないうえに曜日や季節により大半が運休に。さらにその先向かう、アスピーテライン沿道エリア。以前は田沢湖からのバスが走っていましたが、今は全便運休。目的の宿に向かうためには、完全予約型送迎車の『ドラゴン号』に乗り換えるしか方法がない。
このドラゴン号の予約は前日の16時まで。予約がない場合は運行しないため、事前の申込みを忘れずに。曜日により運行経路や時刻の変わるバス便に合わせて予定を組む必要があるため、秋田県側から八幡平頂上方面へ向かうにはHPを活用した綿密な計画が絶対必須。
駅から志張温泉まで路線バスで45分、そこからワンボックスに揺られ20分。ようやく無事に、宿泊を予定していた『後生掛温泉』に到着。たどり着くのに、この難易度。鉄道が運休になり焦ってしまうのも解ってもらえることでしょう。あのときたまたま早めに目覚め、たまたま運行情報を見た自分、すこぶるえらいぞ!
ここは、13年前にふけの湯へと向かう前に立ち寄った想い出の地。チェックインよりもかなり早い時間に到着するため、そのときに歩いた後生掛自然研究路をと考えていました。が、今夏の熊出没多発により断念。というより、そもそも研究路自体封鎖されていました。
8月上旬、夏真っ盛り。この旅館には、冷房というものがない。その理由がわかるほど、網戸を通して流れてくる山の空気は清々しい。
天然の涼やかさに「人間の生きる温度」を噛みしめつつロビーで待つことしばし、お宿のご厚意により予定より早めにチェックイン。今回予約したのは、本館洋室シングル。ひとり旅の場合は、ここが通年予約できる部屋となっているそう。
荷物をおろして浴衣に着替え、テレ東バス旅のような移動で消耗した精神を癒すべく大浴場へ。7つの湯めぐりができる、山小屋風の大きな木造の湯屋。そこに満たされるのは、すぐ近くの噴煙地から湧き出るオナメ・モトメの湯。
掛け湯をし、まずは一番大きい神経痛の湯から。87.9℃もある源泉を加水少なめで掛け流しているため、このなかでは一番熱い湯。足先から慎重に入ると、確かに熱い。でも意外と入れる。
泥成分を多分に含んでいるため、茶色が強い独特な色味をしたにごり湯。pHは3.02と弱酸性ながら、肌へのピリつきはまったく感じず。鼻腔を悦ばせる香りを放つ単純硫黄泉は、ぐいっと圧してくるような力強さを感じる浴感。
あ、これ、気持ちいけど長湯しちゃだめなやつだ。体の方がすばやく察知し、隣の火山風呂へ。こちらは少し多めに加水されており、浴感も温度も若干抑え気味。ぶくぶくとした気泡が肌をなで、全身が包まれる感覚がここち良い。
ふたつの浴槽で芯から温まったら、続いて泥湯へ。浴槽脇の箱の中には、源泉から採取した泥の塊が。それを適量手に取り肌に塗れば、何とも言えぬ感触。きめ細やかな泥が肌にぴっとりとなじみ、まさに天然の泥パック。
その状態でしばらく縁に腰掛け、よきところで浴槽へ。加水されかなりぬるめに調整されたお湯は、絶妙な不感温度。冷たすぎず、ずっと入っていられる。それでいて、温泉の成分が体の芯へとぐいぐい沁みてゆく感覚が伝わってくる。これはもう、この季節に最高な入り方を見つけたな。
ほかにも露天風呂に箱蒸し風呂、蒸気サウナに打たせ湯とそのときの気分で選び放題。焦ることはない。滞在中たっぷり愉しんでやることにしよう。これはいい宿に連泊を決めたな。はやくもそんな確信を抱きつつ、併設されたごしょカフェへ。
ここでは15:00から16:45までの間、旅館部宿泊者限定のアフタヌーンドリンクサービスが。そして嬉しいのが、グラスのヱビスが選べること。13年ぶりに眺める地獄をつまみに飲む、冷たい琥珀。これが旨くないわけがない。
山のいで湯らしいにごり湯と戯れ、湯上がりのビールを味わい。自室のソファーで扇風機に吹かれうたた寝したら、ふたたび湯屋へと向かい蒸気に蒸されて泥に遊び。こころの赴くままに過ごしていたら、あっという間に夕食の時間に。
木のふんだんに使われた明るい雰囲気の食事処は、ひとり旅にもうれしい半個室。さっそく地酒を頼み、気兼ねなく宴をはじめることに。
コリサクの食感にやさしいまろやかさがよく合う、竹の子クリーム白和え。この季節ならではの素材感がおいしい、夏野菜の焼き浸しに蛸と夏野菜の中華和え。さっぱりとした茄子の煮びたしに養老もずく酢と、どれもお酒に合うものばかり。
秋田といえばの名物きりたんぽは、今宵は珍しい塩鍋仕立てで。具材の旨味が染みでた塩味のおつゆは、お米の甘味を引き立てる上品さ。だしの染みたもちもちほろりのきりたんぽを頬張れば、穏やかで優しいおいしさに思わず頬がゆるんでしまう。
旨いつまみに地酒をくいっとやっていると、続いてすずきの洗いが。冷水できゅっと絞められた白身。すっきりとしたぽん酢もいいが、自家製というごまだれがまた旨い。濃すぎずしかしプチプチと弾けるごまの香ばしさが、淡白な白身を彩ってくれる。
さらに揚げたて熱々が運ばれてきたのは、牛肉の甘辛天ぷら。ほろほろと繊維の奥まで甘辛く煮込まれた牛肉に、衣をつけて揚げた一品。噛むごとに染みでる赤身の味わい、しょう油と油が反応した部分の香ばしさ。全体的に優しい献立のなかで、確かな存在感を示すひと皿。
おいしいつまみ片手に秋田の酒も飲み干し、最後に曲げわっぱに入った焼きとうもろこしごはんを。混ぜ込まれ、香ばしい風味をご飯に共有するしょう油の染みた焼きとうきび。その郷愁を誘う甘じょっぱさに、胸の奥底に眠っていた夏を懐かしみながら完食。最後にヨーグルトムースでさっぱりと〆て、大満足で夕餉を終えます。
あとはもう、お湯とお酒に揺蕩う時間。そんなお供にとあんとらあで手に入れたのは、地元鹿角市は花輪の千歳盛酒造の飲み比べ3本セット。
まず開けたのは、チトセザカリ純米吟醸水色。秋田県の酒造好適米である秋田酒こまちを、協会1401号酵母で醸したもの。するりと流れてゆくなかに感じる甘味酸味と、ほどよいキレが旨い酒。
続いて開けるのは、同じ酒米をAKITA雪国酵母で醸したチトセザカリ純米吟醸絹色。きりっとした飲み口のなかしっかりと広がる甘酸っぱさ、そして感じるちょっとした渋味。飲み飽きないキレのよさがあるのに、フルーティーな香り。このふたつ、酵母の違いとは思えない。
そういえば、千歳盛ってはじめて飲んだかも。こうして旅を重ねてゆくからこそ出逢える、あたらしい味。秋田のまた新たな旨い酒をちびりと含み、扇風機を浴びつつ放心する湯上がり。
13年前に立ち寄ったときは、お風呂と舞茸丼をささっと味わっただけだった。やっぱりこうして泊まってみて、はじめて体感できることがある。
湯治場然とした湯屋に満たされる力強い湯、そのロケーションからは想像できぬリノベーションされた居心地のよい館内。快適と風情を両立した山の一軒宿に抱かれ、念願叶い連泊できることの幸せを改めてしみじみと噛みしめるのでした。
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