10月下旬、夕暮れどきの横須賀駅。ここから壮大な旅が、幕を開ける。結論から言おう。今回の旅は、人生でそう何度も味わえないようなすばらしい体験だった。あまりに濃密で、あまりに新鮮で。思い出すだけで、いまでも胸の深い部分がぎゅっとなる。

44年間、東京と神奈川という狭い範囲で生きてきた僕。こんなに長く関東に住んでいるのに、横須賀を訪れるのは生まれて初めて。改札口を出れば、もうすぐ目の前に広がる海。この展開に驚きを隠せない。

もちろんこの街の特徴は知っているつもりだったし、来てみたいとは思っていた。でも人間とは不思議なもので、近いと思うとなぜだか機会を逸してしまう。あまりに唐突な、海との対面。夕刻にきらめく街の灯りも手伝って、旅の幕開け早々感動しきり。

日本の近代化の幕を開けた横須賀製鉄所の跡地を対岸に望む、ヴェルニー公園。その一画には、明治2年に建てられたという洋館を移築復元したティボディエ邸が。残念ながら閉館時刻を過ぎており見学はできませんでしたが、中には当時の建材の一部や製鉄所にまつわる資料が展示されているそう。

夜の闇に染まりつつある海越しに望む、横須賀製鉄所跡。水面に揺れる岸壁の灯り、頬を撫でゆくちょっとばかり冷たさを感じさせる海風。初めての横須賀、この時刻だからこその情景が胸を打つ。

京急の汐入駅前を通り過ぎ、横須賀といえばのどぶ板通りへ。すでに今日の営業を終えたお店が多いなか、スカジャンやミリタリーのお店がちらほら。夜の賑わいを待つ飲み屋には米軍と思われる人の姿も見え、横須賀に来たという実感が一気に湧いてくる。

これまで訪れた港町ともまた違う、横須賀ならではの独特な雰囲気。南関東に住んでいてこれまで来ないなんて、もったいなかったな。
そんなことを思いつつどぶ板通りを歩いてゆくと、その終点には渋い時計店の建物が。どうやら昭和初期の建築のようで、壁に直接書かれた文字や時計のレリーフがその歴史を物語るよう。

国道16号線を渡り、その先に位置する三笠公園へ。ここがあの頃みたいにダサいスカジャン着てお前待ってる場所か!と変なテンションの上がり方をしてしまう。タイガー&ドラゴン、大好きな歌なんだよな。

俺の話を聞けぇ~と誰にも聞かれないように小声で歌いつつ、上機嫌で歩く横須賀の街。お腹もすいたし、のども乾いた。機は熟したということで、初めての横須賀グルメを味わうべく『市場食堂横須賀中央店』にお邪魔することに。

旅のはじまりを祝し冷たいビールを味わいつつ、市場刺身盛合せを注文。ホワイトボードに書かれた三浦半島各地で揚がった地魚が盛られており、この艶やかな見た目に期待が高まってしまう。
さっそく神奈川の地酒に切り替え、白身から。魚に詳しくないため名前は忘れてしまいましたが、3種盛られた白身はどれも鮮度の良さを感じさせる食感。もっちもちであったり、こりこりしていたり。いずれも上品な滋味が込められ、正直漁港とかで食べるのよりも旨くてびっくり。
三崎といえばのまぐろの赤身はしっとりと旨味が濃く、赤貝のひももこりこりと香る磯の風味が酒を誘う。かんぱちも食感と脂のりがよく、この内容と盛りで1,650円。横須賀、すごくないか?
あわせて頼んだのは、地元岩沢ポートリーの卵を使ったという厚焼玉子。分厚い玉子焼きを頬張れば、ほっくりとした食感とともに広がる地玉子ならではの風味。僕の好きな甘いタイプで、これがまた地酒にぴったり。

続いて、自家製というマグロメンチカツを追加で注文。揚げたて熱々、さっくさくな衣のなかには、あふれんばかりのまぐろの肉汁。加熱したまぐろ料理にありがちなクセは全くなく、こんな肉々しいまぐろは食べたことない。ちょっとこれには、感激してしまった。

横須賀よぉ、いいとこじゃんか!三浦の海の幸にすっかり酔わされ、ご機嫌で歩く初めての街。タワマンやビルの並ぶなか、こんな一画が残されているのも味わい深い。

思った以上に大きい横須賀の繁華街。夜のきらびやかな商店街を歩いていると、アーケードから顔を出す銅板建築が。後日調べてみると山手にも看板建築が並ぶ商店街があるようなので、これはまたじっくり訪れなければ。

三崎街道沿いを歩いていると、ぽっかりと口を開けるアーケードが。興味を惹かれ入ってみると、長い商店街がまるごとひとつのビルに。これまた後で調べてみると、この三笠ビルはショッピングモールの先駆けといわれているそう。竣工後66年を迎えた今もなお、多くの店と人々で賑わっています。

初めて訪れた横須賀、これまた歩いて楽しい街だな。今度は昼間に散策して、夜飲んで帰るか。そんな再訪の妄想を抱きつつ、思わず歌が口を衝く。
これっきりこれっきりもう、これっきりですか。やっぱり歌いたくなるよね、昭和生まれだからね。鼻歌を口ずさみながら、旅立ちの港目指し歩みを進めるのでした。


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