浅間山麓で迎えるおだやかな朝。昨晩降りだした雪もいつしか止み、地面にうっすらとだけ残るその記憶。しかし気温は確かに低く、冷えた体を温めるため大浴場へと向かいます。

赤銅色の濃厚な湯に芯から染められ、火照った体を畳へごろり。こんなゆるやかな朝を愉しめるのも、あと少しか。うつらうつらしつつそんなことを考えていると、あっという間に朝食の時間に。
食卓には、今朝もおいしそうなおかずたち。ほっくりとした焼鮭に、ふきとしいたけの甘辛煮や野沢菜炒め、しょうがの佃煮とどれもご飯に合うものばかり。ほんわりとやさしくも深みのあるお味噌汁とともに、おひつは空っぽお茶碗3膳分平らげ大満足。

はじめて訪れた小諸の地に、こんなに濃い湯があったとは。2泊3日の間、どれだけお湯に浸かっただろう。身体を拭くためだけに使っていたタオルは元の白さなどどこへやら、すっかりオレンジ色に染まってしまった。

帰りの送迎は9時半。もうそろそろ、チェックアウトせねばだな。支度しつつ窓の外を見てみれば、昨日までの晴れやかな青空とは一変し冬を思わせる情景に。こうして冬と春を行ったり来たりしつつ、桜の季節を迎えるのだろう。これはまた、違う季節にも来てみなければ。

車のなかで女将さんに今日の予定を聞かれ北国街道と懐古園に行くつもりだと伝えると、駅には向かわず古い町並みの起点で降ろしてくれることに。駅から延々坂を登る覚悟をしていたので、これは本当にありがたい。

中山道から分かれ上越を目指す北国街道、その宿場町として栄えた小諸。ここ与良町は農民や職人が住んでいた場所だそうで、江戸時代から残る建物が点在しています。

さきほどの与良館は、漆器屋として江戸の後期に建てられたもの。そしてこの小山家は、江戸時代初期のものだそう。整然と並ぶ瓦、白く輝く漆喰壁。それを支える木の風合いが、経てきた時の長さを物語る。

往時の面影を残す街道筋を進んでゆくと、職人や商家の集まる荒町へ。趣深い看板建築や商店が並ぶなか、ひときわ目を引くモルタル建築。大正末期に建てられた山崎長兵衛旧店舗、現在は一棟貸しのホテルとして宿泊もできるそう。

そのすぐ近くには、瀟洒な佇まいの建物が。柱や軒下に施された装飾が、往時の美意識というものを薫らせる。

想像以上に、古き良き建物の密度が濃い小諸の街。さらに街道筋を歩いてゆくと、なんとも味わい深い建物がならぶ一画が。手前の洋館は明治時代に建てられた桑原邸、その隣に続くのは江戸時代築という嶋田屋。

浅間山の裾野をゆったりと下ってきた北国街道は、進路を直角に変え本町へ。江戸時代には本陣が置かれ、宿場の中心として栄えてきたそう。

宿場の面影を残す建物が凝縮されたように並ぶ本町。道の両側には、延々と軒を連ねる店や旅籠。そのひとつひとつが表情豊かで、右へ左へと視線が移りなかなか歩みが進まない。

漆喰壁がうつくしい大和屋紙店は、江戸時代に建てられたものだそう。その奥には低い軒が連なる建物も残され、宿場時代の様子を現代へと伝えています。

江戸時代の情緒が色濃く残る街並みのなか、和のなかにモダンな雰囲気漂う建物が。大正時代に建てられたという、ほんまち町屋館。昭和40年代まで味噌や醤油の醸造所として使われ、操業時の様子を残す館内は見学できるそう。

残念ながら、今日火曜日は休館日。再訪の良き口実を手に入れ、さらに先へと進みます。国道141号線と北国街道の交わる本町交差点には、大正時代築の旧酒店が。現在はお酒も飲めるカフェとして活用されているそう。

本町交差点から先は、かつて本陣が置かれたエリア。江戸後期に建てられたという脇本陣は、現在も旅館として営業を続けています。

その先には、繊細な格子戸がうつくしい町家が。こちらも江戸時代に建てられ、繭問屋を経て現在は整骨院として使われています。

そのはす向かいが、かつて小諸宿の本陣が置かれていた場所。街道の宿場として人や荷物の中継を担っていた問屋場が残されていますが、現在は大規模修理中で骨組みのみとなっています。

日本海への往来を支えた宿場町の情緒が残る北国街道に別れを告げ、線路に沿って駅方面へ。整備された大手門公園の一角には、移築された旧本陣が。

駅の周りにも、味わい深い建物が点在。重厚感あふれる竹内木材は、明治時代の建築。この地に鉄道が開通し、信州をはじめとする木材を東京へと出荷し財を成したそう。

そのならびには、これまた明治生まれという繭問屋の小林金吾商店。小諸には早い時期から製糸工場が設けられたため、繭の取引が盛んに行われていたそう。

さらにその先には、同じく繭問屋であったという建物を改装した小諸観光交流館。信越本線の開通により、駅の周辺に生糸の問屋や倉庫が増えていったそう。

大手門を正面からくぐるため、一旦広場を離れ141号線方面へ。駅前ロータリーの裏手には、濃密な昭和の香りを宿す繁華街。日が暮れあかりが灯れば、一層妖艶な世界観に包まれるのだろう。

今回初めて訪れた、小諸の街。交通の主役が徒歩だった時代の北国街道、あらたな玄関口として生まれた鉄道駅。江戸から明治大正昭和へと、想像をはるかに超える様々な表情の建物が遺されている。
これだから、旅することをやめられない。未知なる街の深い魅力に触れ、旅の醍醐味というものを改めて強く強く実感するのでした。



コメント