未知びかれて初東信 ~浅間の天狗、青き春。3日目 ②~ | 旅は未知連れ酔わな酒

未知びかれて初東信 ~浅間の天狗、青き春。3日目 ②~

3月上旬初めての小諸大手門広場に残存する小諸城大手門 旅グルメ

北国街道の宿場町の情緒を残す街歩きを満喫し、つづいて小諸城址へと向かうことに。国道から住宅街へと下ってゆくと、ふと現れる小諸城の大手門。威厳あふれる姿で、往時の城郭の記憶を現代へと伝えています。

3月上旬初めての小諸小諸城址大手門石垣と門が一体化していない独特な構造
今から400年以上前、江戸の初期に建てられたという大手門。一般的には石垣や塀と城門が一体化していることが多いのに対し、この門は独立した造りとなっています。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園三之門
大手門公園を進んでゆくと、小諸駅のすぐ脇へ。旧信越本線は、小諸城の三の丸を分断するように敷設。そのため跨線橋もしくは地下道で線路を横断し、小諸城址である懐古園へと入る形に。

その入口で出迎えるのは、さきほどの大手門とともに小諸城の貴重な遺構である三之門。こちらは戌の満水とよばれる大洪水のあと、260年ほど前に再建されたものだそう。

3月上旬初めての小諸しなの鉄道線の線路をくぐり小諸城址懐古園へ
大手門から線路をくぐり、三之門の先までくだり坂。ここ小諸城は、城下町よりもお城の方が標高の低いという非常に珍しい立地。その特徴から穴城ともよばれ、日本で唯一ともいわれています。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園二の丸跡
料金所で散策券を買い、いざ園内へ。さきほどの二之門があったという桝形から、ようやくのぼり坂。ちょっとばかり登ったかと思えば、すぐに二の丸跡への登り口が。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園二の丸跡から望む雄大な浅間山
二の丸の石垣の上へと登ってみれば、息を呑むようなこの眺め。春の訪れを感じさせる空の青、雄大に横たわる浅間山。雪の残る枯色の山肌、その姿をうっすらと隠す白い雲。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園黒門橋を渡り二の丸から本丸へ
さっきまで、あの懐に僕は居たのか。あの赤い湯との戯れが、夢であったかのようだ。幽玄な浅間の姿にそんな不思議な感覚を抱きつつ、本丸へとつながる唯一の橋である黒門橋へ。敵の侵入を防ぐため、かつては車のついた可動式の橋が架けられていたそう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園人の手で造られた掘割の紅葉谷
その黒門橋の下に横たわるのは、紅葉谷とよばれる掘割。小諸城において人の手で掘られた、数少ないもののうちのひとつだそう。

お城なのに、人工のお堀が少ない。そう、これこそがこのお城の一番の特徴。城下よりも低い位置にもかかわらず、この地を選ぶべきだと納得するような光景をこのあと目の当たりにすることとなります。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園本丸の苔むした威厳あふれる野面積みの石垣
天然の要害たる理由を紅葉谷の両側にちらりと垣間見つつ、黒門橋を渡り本丸へ。そこに待つのは、荒々しくも均整の取れたうつくしい石垣。びっしりと苔むした力強い野面積みが、あきらかに古い年代のものであることを物語るよう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園本丸跡に鎮座する懐古神社
荘厳さを放つ石垣に圧倒されつつ進んでゆくと、その先に佇む石鳥居。かつての本丸跡には、歴代の藩主や天神様、火の神様を祀る懐古神社が鎮座しています。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園懐古神社の手水鉢には可憐な白い花をつける梅の枝が
手を清めようと手水舎へ向かうと、可憐な白い花をつける梅の枝が。天狗温泉では雪がちらついていたというのに、700mほど標高を下ったこの地は春の気配。もちろん風は冷たいが、それをも忘れさせる陽光に冬を越したこころもほころんでゆく。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園懐古神社にお参りを
ようやく、この季節がやってくる。潜在的に待ち望んでいた春とのふれあいに頬を緩めつつ、荘厳なお社にお参りを。こうしてはじめて小諸の街を訪れることのできたお礼を伝えます。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園懐古神社の裏手には天守台跡への登り口が
お参りを終え本殿の裏手へとまわると、天守台跡へとつづく石段が。せっかくなので、登ってみることに。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園天守台から見下ろすと思った以上の高さ
かつて三重の天守が置かれていたそうですが、落雷により焼失。それ以降再建されることはなく、天守台のみが残される形に。試しにと縁のそばまで近寄ってみると、思った以上の高度感。遮るものもないため、背筋がぞわぞわしてくる。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園天守台から望む上信国境の山並み
しかし視線を上へと向ければ、眼前に広がるこの眺望。浅間山から連なる上信国境の山並み、その峰々をやさしく見守る青い空。足元には紅梅が咲き乱れ、この時期ならではの息吹の気配に満ちている。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園懐古神社の鏡石
胸のすくような光景に天守在りし日の姿に思いを馳せ、ふたたび境内へ。つやつやに磨かれ、天神様の旗も映るほどの表面をもつ鏡石。小諸城の原型を造ったという武田信玄の軍師、山本勘助が愛用したという伝説があるそう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園樹齢500年という大ケヤキ
こういうときに、歴史に詳しければもっと愉しみが広がるんだろうな。そんなことを思いつつ本丸を抜け進んでゆくと、見上げるほどのけやきの大木が。幹回り6.5m、推定樹齢500年。築城直後に植えられ、戦国から現代へと時代の変遷を見つづけてきたことだろう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園湾曲した野面積みが独特な優美さを醸し出す天守台石垣
大けやきの先には、ひときわ目を引く古びた石垣。ここがさきほど立った天守台。こうして下から眺めてみれば、その高さもさることながら鋭角に突き出た四隅があの高度感を生んでいたのかと納得。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園敢えて湾曲させることで崩れにくくした天守台の野面積みの石垣
石を加工せず、その大きさや形を活かして積み重ねてゆく野面積み。敢えてこうして湾曲させることで圧が掛かり、排水もしやすいことから耐久性にも優れるそう。職人の知恵と経験の集合体が、今なおこうして現存している。それこそが、古の技術を証明するゆるぎない事実。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園に復元された武器庫
ため息の出るような、質実剛健な機能の美。石垣のあまりのうつくしさの余韻に浸りつつ、先へと向かうことに。この武器庫は、200年ほど前に建てられたもの。数度の移築により東京にあったものを、建築当時の姿でこの地に復元したそう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園地獄谷へと下る酔月橋
その先に、この城が天然の要害たる理由が。懐古園のもうひとつの料金所のある対岸へとのびる、酔月橋。この橋の跨ぐ谷こそが、自然の創り上げた天然の堀。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園田切地形を生かした縄張りの地獄谷
浅間山の裾野、火山の噴出物の上に広がる小諸の街。底を流れる千曲川へと下る川は長い年月をかけて山肌を削り、田切とよばれる地形を形成。小諸城はその地形をうまく利用し、堅い守りを実現。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園田切地形である地獄谷の深い谷と断崖絶壁に位置する水の手展望台
上流側を見てもそれなりの深さがあることが伝わりますが、下流にはこの断崖絶壁が。その名も地獄谷、奥に控えるのは千曲川の刻んだ段丘。これはどうやっても、攻められるはずもない。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園水の手展望台から望む千曲川の流れ
さきほどの断崖絶壁の先端に、ちょこんと建っていた水の手展望台。城の監視台のあったという地に立てば、眼下を流れる千曲川。石垣の高さや堀の深さといった土木の力に頼るのではなく、地の利によって護る。敢えて低い位置に城を構えた理由が、素人目にもはっきりと判るような光景。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園荒々しくも密に積まれた本丸のうつくしい野面積みの石垣
懐古園の地図を下調べしていたときにちらりと知ったが、これは実際に訪れて体感してなんぼ。圧倒的な地形を目の当たりにし、感動しきりに歩く園内。そこに寄り添うのは、荒々しくも密に積まれた野面積みの石垣のうつくしさ。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園富士見展望台からの胸のすくような展望
本丸の南西端にたどり着くと、爽快な展望を誇る富士見展望台。ここはのろしを監視する遠見番所があった場所で、条件がそろえば富士山の頭が顔を覗かせるそう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園児童公園に保存されたSLC56144
富士見展望台の隣には本丸を護るもうひとつの田切地形である木谷が刻まれ、その先には日本で5番目に古いという動物園が。本来ならばそちらへと抜けられますが、このときはリニューアルのため閉園中。来た道を戻り、懐古園を後にします。

時刻はちょうどお昼どき、そろそろ昼食をとお目当てのお店へ。でもその前に、見つけてしまったSLの姿。このC56144号機は昭和13年に生まれ、北海道で活躍したのち小海線へ。引退まで地元の高原路線で活躍し、小柄な見た目から高原のポニーの相性で親しまれたそう。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園草笛小諸本店
蒸気機関車の牽く高原列車。あの小海線を、SLと客車で行けたなら。そんな叶わぬ願望を浮かべつつ、お目当てのお店である『草笛小諸本店』へとお邪魔することに。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園草笛小諸本店くるみそば
とろろや山菜もいいし、ここはごまやくるみのおはぎも旨いらしい。おそばとおはぎのセットも捨てがたいしと悩みつつ、初志貫徹でくるみそばを注文。カウンター席で小さな機関車を愛でつつ待つことしばし、お待ちかねの品が運ばれてきます。

信州でよく目にし、そしてその旨さについつい頼んでしまうくるみそば。特に小諸では名物のようで、おそば屋さんを調べると多くのお店で提供されている模様。でもこのお店のは、ちょっと様子が違う。そばちょこには、液状ではなく塊の練りくるみが入っています。

まずはそばつゆを注ぎ、ペーストを崩さずそのままで。こしがありつつ、もっちり感も共存するそば。つゆの塩梅もちょうどよく、やっぱり信州のそばははずれがないとうれしく啜る。

つづいて、満を持してくるみだれに変身。と思いきや、これが本当に濃厚で。箸で溶こうと思っても、なかなか崩れてくれない。細かくしては混ぜを繰り返し、ほどよく混ざったところでいざひと口。

うわぁ、濃ゆい、旨い。こんなに濃いくるみだれは、これまで出逢ったことがない。存分にこくがありながら嫌なクセはなく、ちょっとばかり甘めの味付けがそばつゆに広がり絶妙な加減に。

ちょんとつけてはそばとくるみの共演を愉しみ、もう少しつゆを足してほどよくのばし。ちょっとずつ変化するくるみとつゆのバランスの妙も手伝って、普通盛りでも結構なボリュームのあるおそばもあっという間に完食。最後にそば粉をたっぷり含んだとろりとしたそば湯で〆て、大満足でお店を後にします。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園に隣接する鹿嶋神社朱塗りの鳥居
またひとつ、あらたなくるみの魅力を知ってしまった。個性豊かなくるみそばにすっかり満たされ、もう少しだけ付近を散策することに。懐古園に向かって右手の道を下ってゆくと、正面には大きな赤鳥居が。

3月上旬初めての小諸小諸城址懐古園に隣接する鹿嶋神社本殿
歴代城主からの篤い崇敬を受けてきたという鹿嶋神社。かつては大手門付近にあったそうですが、駅前整備によりこの地に遷座されたそう。そんな小諸城とも関係の深いお社に、こうしてこの街を訪れることのできたお礼を伝えます。

与良町から北国街道に残る宿場の情緒をたどり、浅間山の裾野を下って懐古園へ。軽井沢以外で、はじめてきちんと訪れることのできた東信の地。小諸の街で出逢えた幾多もの未知をしかと胸へと刻み、またあらたな信州の魅力を知るのでした。

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