自然と人工物が巧みに組み合わされた上田城に別れを告げ、旧街道に沿って街歩きを愉しむことに。城下町としてのみならず、江戸時代には宿場としても栄えた上田。北国街道沿いには、いまもなお古き良き建物が残されています。

冷たい風に春のぬくもりを添える陽射しを浴びつつ歩いていると、繊細な格子戸が目を引く建物が。この小泉家住宅は明治初期に染物屋として建てられ、その後米穀や塩、蚕種を販売する店として営業していたそう。

さらに進んでゆくと、古い建物の密度がより濃いものに。ここから先は、かつて宿場の入口として栄えたという柳町へと入ります。

建ち並ぶ白壁の脇には、さらさらと流れる小さな川。この蛭沢川は城下を潤す用水として、そして上田城のお堀の水源として利用されていたそう。

蛭沢川に架かる小さな橋を越えれば、両側に迫りくる重厚な建物。この狭い道を、かつて4千もの供を引き連れた参勤交代の行列が通っていった。そう考えると、うまく言葉にできない不思議な感覚が湧いてくる。

さきほどの写真の奥、ひときわ大きな妻をもつ旧絹問屋の蔵造り。その横には、清らかな水を滔々と吐き出す水場が。この保命水は、600mほど北に位置する海禅寺の湧水を導水して明治14年に造られたそう。

北国街道は、保命水のある交差点を右折。ここから大通りへと突き当たるまでの約300m、両側にずらりと並ぶ宿場時代の情緒をいまへと伝える建物群。

それぞれが異なる表情をもちつつも、通り全体で統一感ある雰囲気を醸し出す宿場らしい街並み。なかには目を引くほどの立派なうだつをもつ町家も。

連なる格子戸に往時の様子を浮かべつつ歩いてゆくと、軒に杉玉を吊るす酒蔵が。360年以上も前、江戸時代前期に創業した岡崎酒造。あのおいしいお酒は、ここが故郷だったのか。

江戸時代の交通の面影を色濃く残す柳町を抜け、バス通りから国道141号線へ。交差点での信号待ち、ふと脇を見ればなにやら渋い建物が。洋を感じさせるこの建物、実は現在も営業を続ける東都庵というお蕎麦屋さんの旧店舗だそう。

いま歩いている国道のこの部分も、かつての北国街道のルート上。足から車へと交通の主役が交代して以降、時代の異なる個性豊かな建物が点在しています。

多くの車が行き交う国道を離れ、海野町の交差点を左折。北国街道の道筋に沿って静かな住宅街を歩いてゆけば、ここにも歴史を感じさせる建物が。

渋い佇まいの街並みを愛でつつ歩いてゆくと、左へ少し入ったところに気になる洋館を発見。大正時代に建てられたという、旧草間歯科医院。下見板と窓の織り成す直線美、そこに変化を与える独特な装飾が印象的。

ふたたび北国街道沿いに戻り、のんびり歩く静かな住宅街。すると行く手に現れる大木と、通りに面して建つ石鳥居。

1700年ほど前の創建とされ、上田城の鎮守でもあった科野大宮社。かつて信濃の国府が置かれていたという上田の街に、こうして初めて訪れることのできたお礼を伝えます。

木の渋い風合いが荘厳さを醸し出す拝殿にお参りし視線を上げれば、獅子や獏、霊亀といった見事な彫刻が。

上田城の北側から延々たどってきた北国街道に別れを告げ、千曲川目指して南下。その途中、見てみたいと思っていた施設が。

その施設というのが、常田館製糸場。明治時代に創業し、製糸の操業は終えているものの現在も現役の事業所として使われています。奥に見えている明治38年築の五階繭倉庫をはじめ、敷地内には多くの歴史的な建物が残されています。

工場の向かいには、明治41年築という和洋折衷の瀟洒な建物が。事務所と館主の住宅を兼ねており、広間や客間は打ち合わせのほか従業員の慰労会や結婚式にも使われたそう。

春から秋までは、無料で施設内の見学も。残念ながら、今年の公開開始まであと2週間ほど。これはまた、再訪するための良き口実ができてしまった。次へとつながる宿題を胸へとしまい、そろそろ駅方面へと戻ることに。

まだ時間には少しばかり余裕が。せっかくなので、千曲川の河畔まで足を延ばしてみることに。土手にのぼれば、西日に染まりつつある上信国境の山々。いつもはあの麓を新幹線やバスで駆け抜けるだけだったけど、今回こうして来ることができて本当によかった。

そして背中側を振り返れば、胸を焦がすようなこの情景。旅の終盤にして、これはずるいよ。初めてきちんと訪れた東信。この地で出逢えた未知の数々が、走馬灯のように駆けめぐる。

西日に煌めく千曲川に別れを告げ、駅前でお土産を購入。あとはもう、新幹線に飛び乗るだけ。準備万端整えたところで、この旅最後のグルメを味わうべく『つづらや』にお邪魔することに。

こちらのお店は、やきとりをメインにした居酒屋さん。それにしても、今日も一日歩いた歩いた。まずは生ビールで乾いた体を癒しつつ、サイドメニューとともに数本注文。

一般的なやきとり屋さんとは異なり、たれはなく塩のみ。ひと口食べてみると、控えめの塩加減。そこにおろしにんにくのしょう油だれを好みで掛けて食べる美味(おい)だれ焼き鳥が、ここ上田のご当地グルメ。
一見しょっぱそうに見えますが、実際食べてみるとなんとも絶妙なバランス。ちょっとばかり甘めのたれはにんにくが勝ちすぎることもなく、見た目よりも濃すぎず掛けてちょうど良い塩梅に。ビールに地酒にと合う旨さに、串がどんどん進みます。

未知なるおいしさにさっそく圧倒されていると、注文していた馬刺しが到着。しっとりとした赤身を生姜醤油で味わえば、じんわり広がる深い滋味。つづいて思いつきで美味だれで食べてみると、これがまた馬刺しに合うのなんの。

そしてこちらも、酒を誘う旨さのもつ煮。臭みのないもつはとろとろに煮込まれ、ホルモンならではの旨味と風味が存分に染みた野菜がまた堪らない。さすがは味噌の国と言いたくなるコク深さで、串の合間にちびちびつまむのにもってこい。

ふっくらジューシーな鳥もも、旨味のつまった豚レバー。親鳥はアスリート並みの筋肉質で、これまで食べた親とはまた違った感覚。脂ののった香ばしい鳥皮に、ほっくほくの白レバー。はつはこれまで食べたことないほどの、ぷりっとほっくりふっくら感。
凝縮感あるちょっと甘めのつくねには辛子が合い、ぱりっとジューシーに焼かれた鳥いかだ(手羽)には最高に美味だれがマッチ。最後に鳥皮おかわりと焼きおにぎりで〆て、大満足でお店を後にします。

昭和30年代に生まれ、人々に長年愛されてきた地元の味。計算された組み合わせの妙にすっかり心酔し、名残惜しくもそろそろこの地を去る時間。夜闇に輝く駅に再訪の願いを託し、改札内へと入ります。

浅間山の懐に湧く、濃厚な赤銅色の湯。天狗が染めたという伝説のいで湯に誘われ訪れた、東信地方。今回は、本当に未知に導かれたような旅路だった。
いつかはと思いつつ、なかなか機会に恵まれなかった小諸に上田。そこで待っていたのは、僕の知らなかったあらたな信州。
信濃の国は、広すぎる。最近知った木曽に続き、ついに手を出してしまった東信の地。またひとつ、パンドラの箱を開けてしまったな。そうひとりにやけ、愛する地のさらなる深みへとはまる覚悟を決めるのでした。




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