障子の奥から感じる朝の気配に起こされ、窓を開けて思い切り吸い込む爽やかな空気。まだ眠りから覚めきらぬ山間の宿を包むかのように、太陽の予感が空を穏やかに染めています。
少々早起きしてしまっても、昼寝すればいいやと思えるのが連泊の良いところ。まだ静かな宿を抜け出し、薬師神社に朝のお参りを。鳥居の奥に聳える大木は見印の杉と呼ばれ、夏油温泉開湯以来850年以上もこの地で温泉場を見守り続けているそう。
長い階段を下り、まだ誰もいない疝気の湯へ。岩肌や底から湧き出すぬるめの湯を集めた小さな湯壺に、じっくりと身を沈めつつ紅葉を愛でるひととき。耳には絶えず夏油川のせせらぎが届き、程よい温度も手伝いいつまでもいつまでも浸かっていたいと思えてしまう。
気付けば40分以上もじっくりと浸かり、体の芯まで温まったところで湯上りの散歩へ。夏油観光ホテルへと続く橋上からは、夏油川を彩る鮮やかな紅葉が。
湯上りの火照りを朝の空気で沈め、部屋へと戻ることに。元湯夏油を目指し踵を返せば、朝日に照らされ煌めく山並み。温泉場全体が錦を纏っているかのような光景に、総天然色のもつ美しさに圧倒されてしまう。
やっぱり早起きは三文の徳。これだけのんびり過ごして、ようやく朝食の時間に。心地よい空腹に誘われ、大広間へと向かいます。
バイキング形式で、和洋のおかずの中から好みのものをちょっとずつ。鰊と山うどの煮物は魚の旨味と山の香りが美味しく、なす味噌やキャベツの炒め煮も手作りならではの安心感ある旨さ。
おでん風の煮物にはだしがたっぷりと染み込み、定番のひじきや切り干し大根、たらこに納豆と、案の定やっぱり満腹に。入浴で体力を使った体に、美味しい和朝食が沁み入ります。
一杯になったお腹を抱え、敷きっぱなしの布団に転がる甘美な時間。辺りには早くもチェックアウトの賑わいが聞こえ始め、そんな中こうしてまだ寝ていられるという至極の贅沢に酔いしれます。
満腹も収まり人の波も落ち着いたところで、再びお湯へ。熱い熱い大湯へと挑戦します。何度も何度も掛け湯をし、足先からゆっくりゆっくりと慎重に。本当に不思議なもので、一度は入れてしまえばもう大丈夫。それでも長湯は厳禁。温まり方は強烈なので、火照りを感じたら湯船の縁へと退避します。
そんなところにやってきた、立ち寄り入浴の若い子たち。その熱さに触れ、入れないと驚きの声を上げています。そうだよなぁ、7年前は僕も無理だったもんなぁ。なんて考えていると、「なんでみんな入れるんだろう、おじさんになると入れるようになるのかな?」なんてひそひそ話。うわ、確かにそうかも。経験の差だよとは思いつつも、体の皮は厚くなっても面の皮には気を付けなければ・・・。なんて一人で恥ずかしくなっていたのは内緒です。
大湯ですっかり茹だったところで、自炊部の縁側に座り冷たいビールを。眩い陽射しを浴びつつ、吹き渡る秋風を感じる心地よさ。この空気感、世界感は夏油ならでは、唯一無二のもの。もう他に何もいらない。そう思えてしまう独特の風情に浸ります。
部屋でのんべんだらりと湯上りの余韻を楽しんでいると、あっという間にお昼どきに。フロントでお昼ご飯を注文し、大広間で待つことに。それにしても結構な混雑。ちょうど紅葉の時期だからでしょうか、日帰りのお客さんで賑わっています。
ぽつんと浴衣姿で待つことしばし、注文した味噌ラーメンが到着。しっかりとした味噌のコクの中に、甘味を添えるキャベツの風味。素朴で懐かしさを感じさせる美味しさに、汗を掻きつつあっという間に平らげます。
部屋へと戻り、ごろりと過ごす怠惰な時間。外からは行き来する人々の賑わいが耳へと届き、そんな中で一日中浴衣で過ごせるという贅沢を噛みしめる。やっぱり好きな宿には、連泊だな。もう二度と離れることのできない連泊のもつ魔力に、すっかり呑み込まれてしまうのでした。
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