やわらかな光に起こされ迎える朝。昨日もぐっすり寝たためか、今朝はいつもよりちょっとばかり早めの起床。せっかくすっきりと目覚めることができたので、そのまま朝風呂へと向かうことに。
凛とした山の空気に抱かれ、のんびり揺蕩うぬるめの湯。滞在中、本当にたくさん硫黄成分を補給できた。立ちのぼる湯けむりを胸いっぱいに吸い込めば、もうすぐこの善き香りともお別れかと切なくなる。
そんな穏やかな朝の湯浴みを満喫し、布団でのんびりしていると朝食の時間に。今朝も白骨名物の温泉粥でお腹を温めてからいただきます。
それにしても、本当にこのおかゆは不思議だ。あの源泉の味は、一体どこへ行ってしまうのだろう。そこに香るのは、ほんのりとした卵のような風味とお米の味わいを引きたてるミネラル感だけ。浸かっても、飲んでも炊いてもいい温泉。この2泊3日で、心身の芯からすっかり白骨に染められたな。
10年前も最高だったが、今回は連泊してみてもっとその印象は強くなった。良い湯、良い味、良い雰囲気。玄関におすわりするかわいいわんこに再訪を誓い、豊かな時間を過ごさせてくれた丸永旅館に別れを告げます。
バスの時間までもう少し。今年は特にぷうさんが怖いので遠くまでは行けませんが、宿の裏手に広がる噴湯丘まで歩いてみることに。
噴出した白骨の湯が、長い時間をかけ造り上げた石灰華。草木に覆われた盛り上がっている部分がすべて温泉成分でできており、その貴重さから国の特別天然記念物に指定されているそう。
草の合間から顔を出す岩を見てみれば、石灰でできていることを感じさせる白い部分も。こんな分厚い石灰華を形成し、短期間で湯船もまっ白に固めてしまう。それほど濃ければ、人間にも効くはずだ。
丸永旅館の露天風呂のすぐ真下には、2泊3日にわたり最高の湯浴みを味わわせてくれた新泡の湯源泉が。ここから約36℃、毎分約1,700ℓもの源泉が自噴しています。
噴湯丘や源泉を見ていると、ぽつりぽつりと降りはじめた雨。しっとりと深みを増す木々の色味、山を隠してゆく白い靄。東京ではまだまだ暑い日が続くけれど、確実に秋は本州へとやってきてるんだな。
雨に濡れた艶やかな秋の気配に若干の感傷を噛みしめていると、『アルピコ交通』のバスが到着。往路と同じく、まずはここからバスの結節点であるさわんどバスターミナルへと向かいます。
白骨温泉で多くの乗客を乗せ、カーブの連続の山道を慎重に下るバス。そんななか、今となっては珍しくなったバスの車掌さんが、揺れる車内できっぷを発売。転ばないものかとひやひやしてしまいますが、そこはさすがにプロ。無事に新島々までの乗車券を手にすることができました。
20分足らずでさわんどバスターミナルに到着し、乗鞍高原方面から来たバスに乗り換え。ちなみにここで上高地からの便に乗る場合は事前予約が必要で、運賃も高くなるため時刻表をよく確認するのがおすすめ。
白骨からの県道に比べれば道幅は広いものの、相変わらずの険しい道のりとなる国道158号線。バスターミナルを出て集落を抜けたかと思えば、車窓にはおびただしい量の土砂とそれに呑まれた無残な姿の旧国道が。
はじめてこの道を通ったときは、崩落が起きてまだ数年だったはず。あの生々しい山の傷を見て、僕のなかの未知なる部分が刺激されたことを思い出す。
怖い。でも、すごい。交通を必要とし、それを創り支え続けてゆく人々の移動に対する欲求。いま思えば、あの原体験が交通というものへの興味を深めるきっかけになったのかもしれない。
奈川渡ダムの堤体を通過し、さらに下界目指して走るバス。抜けるトンネルも現代となっては狭小で、バスやトラックを通すのも苦しそう。道中垣間見える、バイパス工事。いま眺めているこの車窓もいつしか旧道となり、バスに乗る僕の目には映らなくなるのだろう。
交通を担保する年季の入った隧道や洞門、人々のくらしと産業を電力で支える巨大なダム。昭和からの土木技術が込められた車窓に見惚れていると、バスは40分足らずで新島々に到着。ここで新たにきっぷを買い求め、上高地線に乗り換えます。
2両編成の電車にのんびり揺られること19分、終点の松本に到着。近代的な駅ビルに飾られた先代駅舎の表札が、明治時代からの鉄道の要衝としての歴史を感じさせる。
時刻は11時半前、早めのお昼を食べるのにちょうどいい時間。信州に来たらやっぱりそばかな。そう前日まで悩んでいましたが、今回は駅から歩いて5分ほどに位置する『麺匠佐蔵』にお邪魔してみることに。
信州は、言わずと知れた味噌の国。その信州味噌の発祥とされる安養寺味噌を使った、ラーメンやつけそばの専門店。どれにしようかと迷いつつ、初対面はシンプルにと佐蔵味噌らぅめんを注文します。
待つことしばし、お待ちかねの丼が到着。見た目からしてわかる、味噌の濃さ。期待しつつスープを含めば、ぶわっと広がる豊な旨さ。
まず、ベースのスープが濃い。豚骨なのだろうか、クセやくどさはないがとろりとしている。そんなしっかりとしたスープにも負けぬ、味噌の味わい。とろっとまろやかで、でもしつこくない。これは味噌好きには堪らん味噌感だな。
つづいて、太めの麺を。もっちりと食べごたえのある麺はスープとの相性もよく、これ以上細かったり縮れていたりするともしかしたら重たく感じるかも。載せられたひき肉を途中で溶かせば旨味と辛味がふわっと広がり、食べごたえのある一杯ながら旨い旨いとあっという間に完食。
早めの夕食に備えて我慢したけど、あれは絶対ライスをつけるべきだったな。そばに加えて、ラーメンもかよ。麺好きを困らせる信州の新たな味をまたひとつ知り、再訪の予感を胸にのんびり松本の街歩きへと繰り出します。
キバナコスモスが可憐に咲く女鳥羽川を橋上から眺めていると、何やら気になる一角が。近づいてみれば、なんとも渋い佇まいの建物に組み込まれるお稲荷さん。その奥にも、年代を感じさせる瀟洒な看板建築が。
古き良き建物が、街のあちらこちらに残る松本。さっそく今回も新たな発見に迎えられ、大通りをお城方面へ。すると何やら発掘作業中。ここはかつての外堀跡だそうで、現在復元事業が進められています。
発掘の様子を眺めつつ進んでゆくと、ついに姿をあらわした松本城。曇天の下聳える、現存天守。ちょうど漆の塗り替え期間中のようで、職人さんが作業中。艶めきと深みを増した漆黒と白漆喰、その締まりのある対比に息を呑む。
小学3年のとき、はじめて出逢った松本城。そのとき受けた衝撃を、四十半ばになった今でも忘れられない。遠い昔と思える戦国時代。その戦のために建てられた天守が、今なおこうしてここに在りつづける。多摩の住宅地で育った9歳の僕にとって、それは想像すらつかないことだった。
その2年後に出逢った白亜の姫路城とともに、今の僕の嗜好に大きく影響を与えた特別なお城。見る角度を変えるごとに変化するその表情。長きにわたり天を突き建ち続けてきた凛とした佇まいには、死角など一切存在しない。
やっぱり、何度訪れても別格だ。自分の人生に影響を与えたといっても過言ではない松本城としばし対峙し、その気高さを眼にこころに灼きつけ先を目指すことに。
お城の北側から出ると、松本神社前と標識の掲げられた信号が。10年前にこの近くを通ったときは、神社があったとは全く気づかなかった。せっかくなのでお参りしていこう。とその前に、交差点の角にある井戸で空になったペットボトルに湧水を補給。
松本城天守の真北に位置する松本神社。通りに面し参拝者を迎えるのは、鳥居ではなく歴史を感じさせる薬医門。先ほどの交差点にあった大きなけやきはこの神社の御神木だそうで、道路拡張前まではあそこも境内だったそう。
松本藩の領主であった戸田家が明石で創建し、この地に遷されいくつもの神社が合祀され戦後に今の名となったそう。初めてのお参りとなるお社に、こうして何度もこの地へと帰ってこられることのお礼を伝えます。
僕的に思い入れのある松本城をはじめ、洋の東西や年代を問わず豊かな表情の建物が数多く残される松本。そんな歩いていて楽しい街の散策は、まだまだ続きます。
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