短くも穏やかな時間を過ごした有備館に別れを告げ、目の前に位置する有備館駅の小さなホームで待つことしばし。遠くから踏切の音が聞こえたかと思えば、ガラガラと音を立てて新庄行きの小さなディーゼルカーが入線。
黄色いラインをまとったこのキハ110は、本来は陸羽西線向けの奥の細道最上川ライン塗装。カタン、コトン。単行特有の軽快なリズムと秋の西日に目を細めていると、列車は見覚えのある川へと差し掛かる。
7日をかけて東北を回ったねぷた旅。川遊びをする中学生に、夏の姿と旅の終わりを強く感じたあの日。あの旅からもう9年か。時の流れの速さという感傷を、江合川に漂う秋色が一層掻き立てるよう。
西日に染まる田園を走ること20分ちょっと、鳴子温泉に到着。列車はこの先終点の新庄まで行きますが、ここでしばし小休止。何もせず、アイドリングの音を聴きながらただ発車を待つ時間。自分ではどうすることもできないこの余白が、ローカル線の旅情を深めてくれる。
かわいいむすび丸を愛でつつぼんやり過ごし、18分の停車時間を経て山形県目指し再び出発。ここから先、ぐっと山深さを増す陸羽東線。迫る稜線を染めるのは、ほんのりとした秋の気配。
ガラガラガラガラ、カタン、コトン。ほんの数人だけを乗せた単行列車は、日本の背骨に挑み駆けてゆく。燃える紅葉を前に、少しずつ緑を弱めるこの季節。そんな夕刻前の車内を満たす、侘びと寂び。
1両編成の小さな列車は、ついに奥羽山脈の中心に到達。ここ堺田は、県境であり分水嶺に佇む駅。駅前には珍しい平坦な分水嶺があり、いつかは行ってみたいと思い続けている場所のひとつ。
宮城県側からは険しい印象のある陸羽東線の分水嶺越えですが、山形側へと入ると一変、ここが日本の背骨とよばれる奥羽山脈真っただ中とは思えぬ様相に。明神川の刻んだ谷を、田んぼと国道と分け合いつつ延々と下ってゆきます。
まもなく黄金色に染まる実りの田んぼ、西日に染まる針葉樹林。そんな車窓という活劇すら、一気に染めあげんばかりに車内を満たす秋の夕陽。
鉄道好き、そして旅好きで本当に良かった。これを旅情と言わずして、何を旅情と言おうか。
特別でなくていい、豪華でなくてもいい。演出の効いた特別列車すら敵わぬ、古くから連綿と続く正しき交通というものから滲む情緒。交通を愛し旅を愛する者として、この感覚は死ぬまで持ち続けていたい僕の宝物。
どっぷりと秋のローカル線の旅情に浸ること1時間23分、この旅を動機づけた宿の最寄りである瀬見温泉に到着。列車から降りたのは、僕を含めて2人だけ。ホームに佇む僕らを残し、ディーゼルの響きの余韻とともに夕闇へと消えてゆく単行列車。
だめだ、今日の旅路は胸に来る。この時期、この時間、この天候だからこそ。偶然の重なりが形作る初秋の姿に、胸の深い部分が締め付けられる。旅の序盤にして濃醇な幕開けに、湧き出る郷愁に心を震わすのでした。
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