猛暑に茹だりつつ名古屋駅に無事帰還し、船上での宴のためにお買い物。それにしても、駅構内は信じられないほどの大混雑。日曜日の15時台、当然といえば当然か。カオスな店内で揉みくちゃにされながらもおいしそうなものを買い込み、心身ともにボロボロの状態であおなみ線に乗り込みます。
暑さと人ごみにすっかりやられ、冷房の利いた車内でうとうとうとうと。車窓を愛でる暇もなく微睡みに落ちていると、あっという間の24分で終点の金城ふ頭に到着。
これから向かうは、名古屋港フェリーターミナル。徒歩で向かう場合は、この駅が最寄り。6年前もここから歩いて行ったので大丈夫だろうと思い、徒歩でのルートを選択。
レゴランドを過ぎ、高速をくぐっていよいよ港湾地帯へ。あれ、様子が変。前回は普通に歩ける道だったのに、今回は歩道が草に浸食されてすごいことになっている。通行止めでもなく歩けることは歩けたが、素直にバスを利用したほうが安心かも。
でもやっぱり、僕はこのルートが好き。草をかき分け橋へと上れば、これから僕を北の大地へと連れていってくれる船が遠くに見える。その雄姿に心を弾ませつつ、だんだんと、しかし確実に近づいてゆく。乗船前のこの高揚感は、一度味わってしまうと忘れられない。
今回で3度目となる『太平洋フェリー』。前回、前々回はきそに乗船しましたが、今回は初となるいしかり。きそと姉妹船のため同じ外観をしていますが、2005年就航のきそに対しいしかりは2011年就航とこちらのほうが新しい船。コンセプトも全く違うようなので、乗船前からわくわくが止まらない。
金城ふ頭から歩くこと約20分、名古屋港フェリーターミナルに到着。7年前、人生で初めてのゴールデンウイーク。社会人になって忙しいからと封印していた船旅。そのパンドラの箱を開けてしまったあの旅が、鮮明に思い出される。
6年前には機械での乗船手続きが必要でしたが、いまは事前にメールで送られてきたQRコードさえあれば手続き不要。1階のカウンターを素通りし、2階の待合室へ直行します。
荷物を置き、バルコニーから改めて眺めるいしかりの姿。こんな巨大な建造物が、北海道まで自走する。毎度のことながら、そう考えると船旅とはロマンの塊でしかない。
徒歩客の乗船開始は17:30分。今宵の宴のために良き場所を確保すべく、10分ほど前から乗船口に待機。高鳴る胸を抑えつつ、今か今かとその瞬間を待ちわびる。この時間的余白こそが、船旅の醍醐味だと僕は思う。
そしてついに迎えた、乗船時刻。昂ぶりに胸を焦がしつつ長い長いボーディングブリッジをひたすら歩き、いよいよ船内へ。船客を出迎えるロビーの瀟洒さに、はやくも圧倒されてしまう。
乗船口のある5デッキから階段をのぼり、ひとつ上の6デッキへ。そこに広がるのは、ゆったりとしたパブリックスペース。きそで惚れ込んだ太平洋フェリーの優雅さは、このいしかりにもしっかりと込められている。
無事に窓側の席を確保し、自室へと向かう前にちょっとばかり船内探索へ。ステージに置かれたクリスタルグランドピアノが、船旅という非日常をより一層盛り上げる。
いしかりは「エーゲ海の輝き」をコンセプトとしており、全体的に青と白を基調とした船内に。「南太平洋のしらべ」をテーマにした、木目の温もりに原色が映えるきそとは好対照。
乗り物の中とは思えぬ、広々とした空間。7年前に初めて太平洋フェリーに乗船し、再燃してしまったフェリー愛。その後いくつかの船に乗りましたが、このゆったりとした贅沢さは、太平洋フェリーが群を抜いている。
いやぁ、ちょっとこれはまたすごい船旅になりそうだ。四十半ばという年齢も忘れ、豪華な船内に興奮しきり。ひととおり6デッキの雰囲気を確認したところで、自室のある5デッキへと戻ります。
前回、前々回と2段式のB寝台を利用しましたが、今回はちょっとばかり奮発して平屋タイプのS寝台を予約。とはいっても、その差は1,000円ちょっと。部屋には荷物棚もテレビも付いてるし、これはもう次からもS寝台狙いだな。
30℃台後半を記録したこの日、たった半日で全身汗だくに。さっそく着替えを手にし、フェリー旅の醍醐味である展望大浴場へ。旅館を思わせる和の雰囲気であったきそに対し、いしかりは洋を感じさせる明るい空間。体を洗いゆったりとした湯船に肩まで沈めば、ここが船上であるということすら忘れてしまいそう。
大浴場で旅の汗を流したら、やることといえばもうこれしかない。売店でサッポロクラシックを買い、デッキ目指して一目散。巨大なファンネル、まもなく沈む赤い夕陽。それらを眺めつつ海風に吹かれ飲む北の恵み、その味わいは格別という言葉以外見つからない。
6年ぶりとなる、太平洋フェリー。東日本フェリーで初恋に落ち、商船三井フェリーで確信し。でも仕事が忙しくなるにつれ、距離を置かざるを得なかったフェリー旅。その禁断の箱を開けさせた、思い出の船会社。この船に乗りたいがために、わざわざ名古屋までやってきたんだ。
昼の暑さもどこへやら、デッキを吹き渡るここちよい海風。ビールは飲みほしてしまったが、まだまだここでこうして佇んでいたい。夕刻の移ろう空色を船上から眺めるなんて、こんな至福に満ちた時間はそう味わえないのだから。
暮れゆく空に船旅ならではの情緒を重ねていると、出航に向け準備を始める甲板員の姿が。足元に伝わるエンジンの振動も一段階大きくなり、その瞬間が近いことを教えてくれる。
振り向けば、ファンネルから吐き出される煙。いよいよだ。1,330㎞という遥かなる航海が、もうまもなく幕を開ける。
今日という日の名残りに染まる空のもと、いしかりは仙台、そして苫小牧を目指しついに出航。これから出逢えるであろう、特別な時間への期待感。そこにそこはかとなく漂う、名古屋との別れという感傷。
ゆっくりと、しかし確実に離れてゆく岸壁。なぜこうも、船出というものには色濃く情緒が宿るのだろうか。旅情を愛する者として、この瞬間に胸を焦がさずにはいられない。
いしかりは器用にその巨体を回頭させ、名古屋の街にお尻を向ける格好に。今回も、新たな味と街の表情を知ることのできた名古屋。短い時間だったけれど、充実していた。豊かな個性に満ちたこの街への再訪を誓い、ゆっくりと遠ざかる灯りを眺めます。
伊勢湾へと向け、少しずつ増してゆく速力。日もすっかり暮れ、漆黒の港湾に散りばめられた煌めき。海風と波音を感じつつ眺めるうつくしさに、今はただただ見惚れていたい。
名古屋港に架かる、3連続の斜張橋。名港トリトンと呼ばれるそのうちのひとつ、名港西大橋をくぐるいしかり。大丈夫だとは解っていても、ファンネルと橋との近さに驚いてしまう。それはほかの人も同じなようで、甲板で出航風景を見ていたみんなが歓声をあげる。
見ず知らず、縁もゆかりもない乗船客というひとつのまとまり。行先も目的も違う人々が、なんとなくひとところに集まり同じ時間を共有する。船旅の持つ、このゆるりとした僅かな一体感が心地よい。
船出という特別な儀式に心酔し、その余韻に抱かれつつひとり宴をはじめることに。空間的な自由度もそうだが、こうして好きなものを持ち込んで愉しめるのも船旅の魅力のひとつ。
絶妙な甘辛さが堪らない味噌串カツ、きっちりとしただしの旨味と甘じょっぱさが魅力のだし巻き玉子。旨いつまみとともに國盛を傾けていると、漆黒の船窓に規則正しく並ぶ灯火が。なんだろう。そう思い見つめていると、ゆっくりと着陸してゆく飛行機。そうか、今はセントレアの横を通っているのか。
飛行機と船、まさにうさぎと亀だな。2時間足らずで飛べるところを、敢えて40時間かけて行く。そこに宿る旅情に想いを馳せつつ味わう、善きつまみ。ふわっとスパイシーさの香る手羽先に、海老天のもたらす油のコクがご飯や海苔の旨さを昇華させる天むす。名古屋からの船出には、このふたつは欠かせない。
時速40㎞/h、路線バスと同じ速度で北の大地を目指すいしかり。苫小牧に着くまで、2泊3日。酒とともにこうして有り余る時間に揺蕩うなんて、普段の生活では決して手に入らぬ真の贅沢。
愛知の酒片手に旨いつまみを平らげ、更けゆく夜のお供にと開けるワイン。軽やかな酸味と渋みが、ゆったりとした航海をより味わい深く染めてゆく。
19時の出航風景を甲板で見守り、19時半からのんびり飲みはじめ。ゆったり流れる船上での時間をたっぷり愉しんでも、時刻はまだ21時過ぎ。ワインも飲み終えたことだし、ちょっとばかり夜風を浴びに甲板へと出ることに。
波しぶきに濡れ、ぼんやりと灯りを滲ませる夜の甲板。全身を強くなでゆく洋上の風、足元から聞こえる船が海を蹴る音。漆黒の空と海に浮かびあがる情景に、現実感というものは消え去ってゆく。
幻想的な甲板で夜を飛ぶような感覚に抱かれ、クールダウンしたところで船内を探検しつつ自室へと戻ることに。
きそといしかりは準同型船ではありますが、船内配置に差が。きそでは6デッキ中央にあったラウンジは、いしかりでは船尾へ。7デッキ甲板の船尾側にその天井部分が張り出しているため、スカイデッキに関してはきそのほうが開放感ある造りに。
青と白をベースとしたシックな雰囲気の漂う、夜のプロムナード。木目を多用したきそとはまた違った表情に触れ、6年越しに乗り比べが叶ったことの悦びを噛みしめます。
本当は、2020年に初乗船を果たすはずだったいしかり。予約まではしたものの旅できるような環境ではなくなり、そして何より現場への異動が発令。あるはずだったGWは幻に終わり、泣く泣くキャンセル。
そんな経緯があったので、今回の旅の計画時に配船表を見て思わずガッツポーズ。ようやく、いしかりと逢うことができる。予約を入れてからというもの、今日という日をどれほど首を長くして待ち焦がれてきたことか。
温もりあふれる雰囲気のきそ、落ち着きのあるシックな装いのいしかり。これは甲乙つけがたい。賞の創設から32年という長きにわたり、フェリーオブザイヤーを連続受賞し続ける太平洋フェリー。受賞歴をもつ両船の異なる魅力を知り、さらに愛は深まるばかり。
いつもならまだ起きている時間だけれど、とりあえず今夜はもう寝てしまおう。むだな夜更かしを手放し、身体をベッドに放り出す。かすかに、本当にほんの少しだけ伝わる波の鼓動。今日の太平洋は、すこぶる穏やかだ。洋上にいることすら忘れるような安定感に抱かれ、気づけば夢の世界へと落ちてゆくのでした。
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