姉妹の織りなす一瞬の再会の余韻に浸りつつ、ふたたび寝台でぼんやりごろごろ。すると予定より40分ほど早く、16時頃に仙台港に入港するとの船内放送が。さっそく下船の準備をしてデッキへと向かいます。
するとそこには、思った以上に接近していた仙台港。接岸する右舷側へと回れば、はるか遠くにかすむ牡鹿半島。迫りくる陸地を目で追いつつ、短い宮城での時間に期待を膨らませます。
仙台港では、事前に船内で手続きを行えば徒歩に限り一時上陸が可能。下船は入港後から20分、乗船は徒歩乗船開始時刻から出港の30分前までと制限はありますが、2泊3日を過ごす長い航海の中では大きな魅力のひとつ。
この曇天に似合う工場や倉庫、そんな鉛色の景色のなか糸を垂らす釣り人。港湾らしい情景に浸っていると、岸壁にはなにやら見慣れたものが。あ、あれ新型のつばさじゃん。獲れたてぴちぴちの新鮮なE8系が水揚げされていました。
なかなか見ることのできない新幹線車両の陸揚げに年甲斐もなくはしゃいでいると、あれよあれよという間に船は岸壁に接近。ビルほどの巨体をよく操るものだ。毎度のことながら感心しきりに様子を見ていると、スパーンという音とともにロープが発射。
地上作業員がロープをたぐり寄せている間も、ゆっくりとしかし確実に縮めてゆく陸との距離。この瞬間は、何度味わってもぞくぞくする。
船上と地上、携わるすべての人々の職人技に支えられ、いしかりは音も衝撃もなく静かに着岸。毎度のことながら船という乗り物を動かすことの壮大さに胸を熱くしていると、徒歩下船開始の放送が。
久しぶりの陸の感触を踏みしめつつ歩く、長いボーディングブリッジ。名古屋港を発ってから21時間、この動く建造物は本当に東北の地までたどり着いてしまった。振り返り眺める優美な船体からは、気高さや誇らしさのようなものすら滲んで見える。
陸路では定期的に訪れている仙台も、こうして海から上陸するのは6年ぶりのこと。ムダに一旦西へと向かい、路線バスと同じ速度でひと晩かけて。当たり前といえばそれまでだが、これまで経てきた時と道のりの厚みが、より一層感慨を深くする。
この日は早めに到着したため、16:15頃には上陸。再乗船は18:10頃~19:10と、仙台港で実質使える時間は2~3時間足らず。まずは歩いて20分ほどのイオン多賀城やツルハドラッグで、今晩から明朝にかけての物資を補給。買い物を無事終えたら、その隣の『焼肉・冷麵ヤマト多賀城店』へとお邪魔します。
まずはキンキンに冷えた生ビールをのどへと流し、身体にほんのり残る海の感覚にこころをゆだねる。そんな至福をしみじみと噛みしめていると、お待ちかねの冷麺が到着。
なぜ仙台まで来て冷麺なのかって?それはヤマトが本場岩手では駅から徒歩圏にないから。車窓を去りゆくお店をいつもバスから眺めていましたが、念願叶い初めて訪れることができたのが6年前のこのお店。
食べ物に関しては意志薄弱な僕。前回は自身の決心を簡単に裏切り、誘惑に負けて温麺を注文。ということで今回が、はじめてのヤマトの冷麺とのご対面。はやる気持ちを抑えつつ、まずは琥珀色のスープからいただきます。
その見た目どおり、旨口濃いめのしっかりスープ。それは塩分がという話しではなく、牛の旨味とほどよい塩梅の甘味がそう感じさせるのだろう。
つづいて透明感ある麺をすすれば、くちびるを撫でてゆくつるつるとした感触。噛めばぷりっともちっとした食感で、食べやすくも存在感ある麺が旨味の強いスープと好相性。
盛岡冷麺ならではの、うれしい選べる辛さはもちろん別辛で。まずは素を味わい、期待を込めてカクテキと漬け汁を適量投入。すると一気に華やぐ香りと辛味。発酵食品のもつ旨味が牛だしに加わり、その相乗効果は計り知れず。
旨いよ、旨い。つるぷりもちの麺を頬張り、ときおりはさむバリボリ食感のカクテキ。これがまた大根の爽やかな風味をもたらし、箸とレンゲが止まらなくなる。中盤でキムチ汁の残りすべてを投入し、しっかりとした辛さを味わいつつスープまで一滴残らず完食します。
ちなみにこの日は、毎月開催しているという冷麺まつりの期間中。ビールが110円、冷麺が330円引き。焼肉のひとつも頼まずごめんなさい。次はちゃんと食事します。このあとの魂胆により計ったわけではないが、そんな若干の申し訳なさとそれを上回る満足感を胸にお店を後にします。
短くも濃密な東北での時間に満たされ、仙台港へと向け歩く帰り道。だんだんと暮れゆく曇り空、次第に存在感を増しゆく港湾の灯り。その無機質な世界にたたずむいしかりの姿に、なんとなく帰ってきたという安堵感のようなものがこみ上げる。
仙台から北の大地を目指す人々に紛れ、「ただいま。」とこころのなかで呟き再乗船。昨日の僕が発したような初々しい歓びの声を傍に感じつつ、自分は何事もなかったかのように船内へ。一昼夜という距離を越え、この船と共にやってきた。優越感とはまた違う、そんな得も言われぬ感覚が心地いい。
今宵もパブリックスペースに善き席を見つけ、大浴場でひとっ風呂。それにしても、今日の仙台は過ごしやすい気温。全身を撫でゆく港の風が、湯上がりの火照りを連れ去ってくれる。
缶チューハイの冷たさを味わいつつ甲板上でのひとときに揺蕩っていると、船尾では甲板員が作業を開始。もうそろそろか。その様子にそのときが近いことを察していると、足元のランプウェイがゆっくりと上昇を開始。
乗り物って、種類を問わず本当によく考えられている。巨大な板がぴったりと船の側面に収納され、がっちりとロックされる様子に見とれてしまう。そしてついにボラードから係船索が外され、いしかりは東北の地とは切り離された存在に。
足元の鉄板を通じて伝わる振動、夜空へと吐き出される煙。それらが強くなったかと思えば、船は苫小牧目指してゆっくりと離岸。なぜだろう。感傷に浸る理由などないはずなのに、船出の瞬間は胸に来る。
船尾へと目をやれば、漆黒の海に煌々と光を放つタグボート。名古屋港では自力で回頭したいしかりも、仙台港ではこの小さな巨人の助けを借りて方向転換。
先ほどまで船首ごしに見えていた仙台港の観覧車も、見る見るうちに船尾側へ。この小型の船に、一体どれほどの馬力があるのだろうか。7年ぶりに目の当たりにする力強さに、改めて感嘆の声を漏らしてしまう。
自分の数百倍もの巨大な建造物を、たった一艘で回頭させてしまったタグボート。その役目も終わり、パシンっと響く音をたてて切り離されるロープ。その刹那、甲板でその仕事ぶりを見守っていた船客から歓声が。
ひと仕事終え、涼しい顔をして並走する小さな巨人。思わず手を振るデッキの人々、暗い操舵室から返ってくる揺れる灯り。様々な人の手で動かされる船という乗り物には、数えきれぬほどの一期一会が込められている。
17時過ぎに冷麺を食べ、それから約3時間。出港風景に胸を焦がしたところで、お腹もスタンバイOKとのこと。今夜もふたたび、船上での宴に酔いしれます。
かれいの唐揚げやアスパラのおひたし、たたききゅうりとともに味わう宮城の酒。ほどよくワンカップも進んだところで、満を持して仙台名物笹かまを。久しぶりに味わう、鐘崎の大漁旗。ぷっくり分厚く、ぷりっとした食感に込められた魚の旨味。この笹かま、本当に旨いんだよなぁ。
そして〆にと味わうのは、すこしでも宮城感をと買った味噌おにぎり。地元仙台のジョウセンという味噌を使っているそうで、これがまたコク深く旨いのなんの。味噌おにぎり信者としては堪らぬ味に、〆まるどころかワンカップが足りないとすら思えてしまう。
宮城の味と地酒に酔ったあとは、奥羽山脈を越え山形の恵みで夢の続きを。漆黒の船窓を愛でつつちびりと含む、高畠醸造の赤ワイン。酸味や渋味の穏やかな、するりとした飲みやすさが船上での夜を彩ってくれる。
東北の味にすっかり満たされ、ワインも飲み干したことだしそろそろ寝るか。その前にとデッキに上れば、ぼんやりと照らされたファンネルの先にはきらきら瞬く星空が。
いまはどのあたりを航行しているのだろうか。そう思い目を凝らしてみれば、赤白交互に繰り返す閃光が。届く電波で調べてみれば、牡鹿半島の突端に浮かぶ金華山灯台のものだそう。
その様子をぼんやり眺めていると、じんわりと感じる遠心力。ゆったりと重たさのある船特有の方向転換に身をゆだねていると、その閃光を中心にしてぐるりと左へ90°。
ここからふたたび、苫小牧目指してひたすら北上。あと半日後には、北の大地に着いてしまうのか。
そう、着いてしまう。その表現が、僕の素直な気持ち。それほどまでに、いしかりは僕のこころを掴んでしまった。残された優美な時間を余さず噛みしめるべく、一瞬一瞬を胸へと刻み込んでゆくのでした。
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