山岳路線を快走するあずさに揺られ絶景を堪能すること約2時間半、塩尻駅に到着。ここは篠ノ井線の分岐点であるとともに、JR東日本とJR東海の境界となる駅。
ついに、ついにこの日が来たか。それぞれのコーポレートカラーが接する駅名標に、思わず深い感慨に耽ってしまう。
僕が生まれ育ち、今も暮らす中央線。物心ついたころからいつもの日常に溶け込んでいた、オレンジ色の電車。そのさらに先には、一体どんな街があるのだろうか。幼少の頃から目にし続けてきた、あずさ号の掲げる松本の文字。遥か遠い行き先への憧れを叶えてくれた旅でお城に一目惚れしたことは、前回の旅でも振り返ったばかり。
それ以来、松本は僕の日常の先で待っていてくれる好きな街。でも僕には、まだ知らないいつもの先がある。それは、ここ塩尻から名古屋を目指す中央本線の未知なる区間。番線表記に書かれた中央西線の文字に、僕の深い部分が震えてくる。
ついに僕は、中央本線のまだ見ぬ先へといま旅立つ。これまで塩尻で別れを告げてきた、僕の日常と繋がる未知なる鉄路。その中央西線へと誘う313系の姿に、僕の暮らす文化圏から抜け出すという実感が湧いてくる。
枕カバーの付いた転換クロスシート、カバーに覆われむき出しではない蛍光灯。20m3ドアの車両に整然と窓と座席の並ぶ姿は、JR東日本管内に暮らす者にとってそれだけで新鮮。
塩尻からは、中山道に沿って進む中央西線。僕の慣れ親しんだ中央東線とは列車密度も景色も、そして漂う空気感までもが一変。塩尻からひと駅目の洗馬駅を皮切りに、この先いくつもの木造駅舎を目にするように。
松本で梓川と合流し、さらにその先で千曲川とも合わさり日本海へと流れる奈良井川。その奈良井川の刻む谷へと挑み、中央西線はじわりじわりと標高を上げてゆく。
日本海と太平洋の分水嶺へと向け、どんどんと登ってゆく中央西線。贄川を過ぎると残雪がちらほらと見られるようになり、木曽平沢駅ではまとまった雪の姿も。
思いがけぬ白い車窓に目を細めていると、観光地としても有名な奈良井を過ぎトンネルへ。分水嶺を穿つ長い闇を抜けると、遥か先へと続く木曽谷へ。
木曾路はすべて山の中である。その本を読んだことのない僕でも、この一節は知っている。その通り、延々とV字の地形が続く木曽谷。平地はほとんどなく、よくもここに鉄道を通したと感嘆するばかり。
地形の制約を受けやすい鉄道が進める場所は、ここしかない。木曽川の刻む谷のなか、辛うじて進める場所を縫うようにして走る中央西線。隧道と橋梁で山へと挑む中央東線とはまた違った山深さに触れ、僕の中央本線の地図に新たな色が塗られてゆくのでした。
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