優しく穏やかなうーめんの余韻に浸りつつ、駅前ロータリーへと滑り込んできた白石市民バス『きゃするくん』福岡線に乗り込みます。ちなみにこの路線、土日祝と年末年始は運休。ですが運休日には別のバス会社が運行する鎌先温泉経由青根温泉行きのバスがあるので、お出かけ前には要チェックです。
小さなバスは刈田病院を経由し、山手目指して登ってゆきます。車窓には、青々と葉を伸ばす稲と蔵王の山並み。緑に染まる豊かな田園に、やはり僕には東北の夏が必要なのだと改めて実感。
市民バスに揺られること20分、鎌先温泉バス停に到着。4軒ほどの宿が営業する小さな温泉街のなかで、今回は入口に位置する『最上屋旅館』にお邪魔します。まず目を引くのは、歴史を感じさせる渋い佇まい。この建物は江戸時代からの骨格を残しつつ改装されたものだそうで、湯治場として古くから栄えてきた鎌先温泉の歴史を今へと伝えます。
飴色に光る木が美しい帳場でチェックインしお部屋へと向かえば、これまた木の温もりあふれる落ち着いた和室。お湯のみならずこれを味わいたいがために、こうして旅を繰り返すのかもしれない。
早速浴衣に着替え、待望のお風呂へ。この宿にはふたつの大浴場があり、時間により男女入れ替え制。到着時は小さめの東光の湯が男湯になっていました。
開湯以来、600年近くの歴史を持つ鎌先温泉。傷に鎌先、奥州の薬湯といわれるうす濁りの黄金に輝く源泉が惜しげもなく掛け流されています。
鉄分と食塩を多く含んだお湯は、体にしっとりぴとっと吸い付くような浴感。温度はそれほど高くはありませんが、湯上り後も全く汗が引かないほどよく温まるお湯。鼻をくすぐる独特の香りからも、成分の濃さが伝わります。
濃厚なお湯に茹だったところで、部屋へと戻ることに。脱衣所を出ると、ずらりと連なる洗面所。こちらの宿には自炊棟が残されており、館内には僕好みの渋い空気感が漂います。
旅館棟も趣向が凝らされた造りとなっており、一部屋ひと部屋全て造りが違うのだそう。廊下の壁にくり抜かれた明かり取りからも、古の職人さんたちの拘りが見て取れるよう。
黄金の湯に染まり、その熱に絆されつつ喉へと流す金の星。視界の先には経てきた歳月を感じさせる欄干と、細い通り沿いに連なる鎌先の湯の街。窓から吹き込む晩夏の風が、湯上りの火照りを心地よく連れ去ります。
広縁に腰掛けビールを飲み、大きな伸びをし視界を上へ。すると目を愉しませてくれる、職人の技。木の温もりや艶めき、さりげなく施された装飾。木造旅館好きの僕にとっては、至福の瞬間そのもの。
古き良き木造の温かさをもちながら、快適に滞在できるように手入れされている室内。この部屋にはトイレはありませんが、きれいな洗面台が設けられています。障子への水はねを防ぐ仕切りの壁もまた、何とも言えぬ良き表情を見せています。
最近連泊グセがついてしまったのか、こんなお部屋に一夜だけというのがすでに勿体なく感じてしまう。よし、次来るときは連泊だな。そんな良からぬ妄想に耽っているうちに、気づけばあっという間に夕刻に。
もう一度濃厚な湯に浸かり汗をひかせたところで、お待ちかねの夕食の時間に。夕食、朝食ともに個室の会場で静かに味わえます。
まずは左のほたての甘酢漬けを。ちょうど良い甘酸っぱさがほたてによく合い、茗荷やゴーヤといった夏らしい香りがまた爽やかさを演出。湯上りの火照りに嬉しい涼し気な味わいに、早速地酒が進みます。
お隣の煮物も、上品な甘さを宿す手作りのおいしさ。キハダのお刺身はしっとりもっちりとした食感で、見た目からは想像つかないしっかりとした旨味が美味。
天ぷらは揚げたてが運ばれ、思わず「おっ、旨・・・」と独り言が漏れるような熱々サクサク感。ぽん酢で食べる豚の陶板焼きは、シンプルにお肉の旨味や脂の甘味を味わえます。
そして〆には、白いご飯とお味噌汁。酒飲みの僕にとっては、この〆方が堪らんのです。お味噌汁には仙台味噌が使われているのでしょうか、コク深く豊かな香りと旨味が口中に広がります。
その余韻のなか味わうご飯は、胚芽の残されたつぶっ粒もちっもち甘っあまのとっても美味しいお米。旅先でおいしいお米にたくさん出会えますが、このご飯の味わいは忘れがたい。
いやぁ、旨かった。素材と味付けの良さを感じさせる夕餉に大満足で部屋へと戻ります。その道中、目を愉しませてくれる木の温もり。鈍く輝く艶めきに、どうやったって見とれてしまう。
あとはもう、お酒とお湯に揺蕩う時間。そんな夜のお供にと開けたのは、仙台は勝山酒造の特別純米、縁。口当たりとろりと甘酸っぱく、しっかりと濃い旨の味わい深い酒。
ゆっくりと静かに流れる時間に、気の向くまま夜の浴場へ。この時間帯は、古くから白石の景勝地として知られた小原の材木岩を模した三宝の湯が男湯に。
濃く立ち込める湯けむりの中、濃厚なお湯に揺蕩う至極の贅沢。眼を閉じ心を無にすれば、鼻をくすぐる鉄の香と、肌に吸い付き浸みこむような湯の厚み。
湯の流れる音のみが聞こえる中、静かに味わう湯の力。奥州の薬湯と名高い黄金の湯に染まり、心身の芯からぽかぽかと温もりゆく感覚を噛みしめるのでした。
コメント