下部温泉で迎える穏やかな朝。寝て起きて、体とこころがすとんと軽くなっている。あのさらりとした優しいお湯に、一体何が込められているのか。そう不思議に思いつつ、そそくさとお風呂へと向かいます。
今朝は小浴場が混浴に。前回は滞在中ずっと大浴場が混浴だったため、こちらに入るのは初めて。小浴場とはいってもぬる湯の浴槽は5人ほどは無理なく入れる広さがあり、浴槽が小さい分オーバーフローも結構なもの。
寝起きの体に掛け湯をし、ひんやりとした温度に慣らしたところで肩まで浸かる。ちょっとばかり冷たいかな。そう感じるのも束の間、全身を抱くふんわりとした浮遊感。お湯と自分の境界があいまいになり、何かしらがほどけて溶け出してゆく。その感覚が心地よく、朝から1時間ほどじっくりと湯浴みを愉しみます。
前回も感じたのですが、下部のお湯はお腹が空く。昨晩満腹になるまで食べたにもかかわらず、朝風呂を終えるとすっきり空っぽに。心地よい空腹感にそわそわしていると、女将さんが朝食を運んできてくれます。
食卓に並ぶ、おいしそうな品々。ほうれん草の白和えは、ちょっと甘めのほっとする味わい。しゃきしゃきとしたきんぴらごぼうもご飯に合う手作りのおいしさで、モロヘイヤとオクラのお浸しはつるつるとした食感としらすの旨味が体に沁みる。
脂ののった塩鮭はパリっとこんがり焼かれ、鉱泉で炊いた甘くてもっちりとしたご飯がいくらでも欲しくなる。しじみのお味噌汁は味噌の旨味や風味が濃く、これまたご飯が進む旨さ。
本当に、このお宿はご飯がおいしい。朝から温かみのある手作りの味に満たされ、食後には下部温泉で淹れたというサービスのコーヒーを。ご飯を炊けば甘味を引き出し、コーヒーを淹れれば口当たりまろやかになり。入るだけでなく、料理も旨くする。あの無色透明の優しいお湯、本当に不思議なものだ。
ゆっくりとコーヒーを味わい、二度寝という連泊だからこその甘美な怠惰に身を落とす。しばし微睡みふと目を開ければ、窓を染めるのは鮮やかな秋の空。あぁ、幸せだ。こんな瞬間があるから、日々のあれやこれを頑張れる。
布団とお風呂の往復にゆるりと流されていると、あっという間にお昼どき。どこにも出かけないならと、今回もサービスでお昼をいただいてしまいました。
湯上がりのほどけた心身で味わう、おいしいざるそば。遠くからの川音だけが響く静かな部屋でひとり味わう穏やかさに、こんな時間がいつまでも続いてくれたらと願ってしまう。
女将さんのご厚意に感謝しつつおそばを平らげ、お腹を落ち着けたところで再び湯屋へ。pH8.8、無色透明のさらりとしたきれいな湯。おいしく飲めるほど優しいお湯なのに、この清らかな表情の裏には凄い効能を隠している。
本日4度目の長湯を終え、静かに味わう甘美な午後ビール。汗をかく訳でもなく、心拍数が上がることもなく。それなのに、体はしっかりとお湯の力を受けているのだろう。火照っていなくても、湯上りのビールがおいしく沁みてゆく。
愉しい時間というものは、本当にあっけなく過ぎてしまうもの。寝床とお風呂でだらだらと過ごしているうちに、あっという間に日は暮れ夜の帳が温泉街を染めてゆく。
下部のお湯に触発されたお腹が、もうそろそろだよと急かしてくる。そんな健康的な空腹を感じていると、今夜もおいしそうな品々の載ったお膳が運ばれてきます。
まずは前菜から。中身は何だろうと生ハム巻きを噛んでみれば、中から現れる身延のゆば。濃厚な豆のコクに大葉が爽やかさを添え、生ハムのほどよい塩気が全てをまとめている。旨味の詰まったバイ貝や塩味のめかぶもおいしく、さっそく七賢をあおってしまう。
さっくりと揚げられた穴子の天ぷらは、ほくほくとした白身の旨さを塩でシンプルに。ぶりの漬け焼きは濃すぎない塩梅で、凝縮された食感と旨味がこれまた七賢を誘ってくる。
牛の陶板焼きはしっかりとした赤身の味わいを楽しめ、優しいだしのふるふるとした茶碗蒸しはひと振りされたブラックペッパーにより和の表情をがらりと変えている。
そして〆には、下部鉱泉で炊いたつや甘ご飯。お肉やまぐろとともに、おひつひとつ分お茶碗3杯をしっかり残さず味わいます。
本当に、橋本屋さんのご飯は温かみがある。手作りの味に満たされ、しばし布団でごろごろと。ぱんぱんになったお腹も落ち着いたところで、あとはもうお湯とお酒に溶けゆくのみ。
昨日半分残しておいた、水のきれいさを感じさせる甲斐の開運北麓。その相棒にと取っておいたのが、お茶菓子として出された下部銘菓のかくし最中。上品な白あんに風味添える、干しぶどうの心地よい酸味。和菓子で飲めるようになるなんて、いいおっさんになったもんだな。
甲州の地酒を味わい、続いては赤ワインを。こんな愉しみ方ができるのも、山梨ならでは。今夜も日本最古のワイナリー、勝沼のまるき葡萄酒の醸すいろベーリーAを開けることに。
湯呑へと注いだ瞬間、ふわっと鼻へと届く芳香。酸味や渋味をきっちりと感じ、甘ったるさはないながらしっかりと味わえる果実味。重たさを感じないきりりとした飲み口ながら、飲み応えばっちり。昨日の白に続き、ここのワインのおいしさに驚いてしまう。
東京から近いし、お部屋食なのに本当にいいの?と思える良心的お値段。前回感じたやばい宿を見つけてしまったという予感は的中し、10ヶ月後にこうしてまた来てしてしまった。
何だろう、この落ち着く感じ。下部のお湯もさることながら、このお宿に漂う温かさに魅了されてしまったのかもしれない。これはまた、きっと再訪するんだろうな。そう思わせる静かで豊かな時間に身を任せ、下部の湯力と甲州の酒に存分に揺蕩うのでした。
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