武田神社に別れを告げ、再び『山梨交通』のバスで甲府駅へと戻ります。だいぶ暗くなってしまいましたが、時刻はまだ17時前。夕食の前にもう1か所だけ、ずっと気になっていたところに寄り道することに。
その場所というのが、車窓から何度も眺めた甲府城跡。北口側にはかつて甲府城にあった3つの門のうちのひとつである山手御門が再建され、往時の優美な姿を見せてくれます。
先ほど訪れた躑躅ヶ崎館は、戦国時代に武田氏の居城として築かれたもの。対して駅近くに位置する甲府城は、その滅亡後に豊臣方によって築城されたものだそう。徳川の時代まで整備が続けられ、いわゆる慣れ親しんだ城郭の姿が復元されています。
先ほどの山手御門をくぐれば、そこは往時の城内。とはいえ明治に廃城となり、建物は壊され敷地も様々な形に姿を変えた甲府城。門と櫓の間を分断する中央本線も、城郭を解体して通されたもの。
一方で線路の南側は当時からの石垣が多く残され、舞鶴城公園として開放されています。いつもは車窓から愛でていた純白の稲荷櫓も、下から見上げればこの迫力。時代の古さを感じさせる石垣の荒々しさもまた印象深い。
平成初期から在りし日の姿を取り戻すべく進められた、舞鶴城公園の整備事業。この稲荷櫓も19年前に復元されたもので、それに際し足元の石垣も半数を超える石材を新しいものに交換するほどの大修復を行ったそう。
一度失われたものを取り戻す。それを成し遂げる人々のお城への想いの重さを感じつつ登ってゆくと、広々とした稲荷曲輪へ。そこにどんと鎮座するのは、築城当時の姿を残すという天守台の石垣。
戦国時代末期の築城とされる甲府城。その天守台はごつごつとした石を積んだ野面積みで、陰影により一層引き立てられたその迫力に思わず息を呑んでしまう。
ライトアップされ、より一層力強さを増す荒々しい天守台。群青の空に浮かぶその威厳に満ちた雄姿は、夕暮れ時だからこその時間限定の美しさ。
天守台内部設けられた階段で石垣の縁まで登ってみれば、眼前に広がるこの光景。うつくしい稜線をシルエットとして浮かび上がらせる、今日という日の名残りの姿。
その反対側には、零れんばかりに煌めく甲州の輝き。人々の営みが放つ瞬きに満ちる盆地を静かに見守るように、富士の高嶺はただ静かに夜闇に呑まれるのを待つばかり。
控えめに言って、感動を禁じ得ないほどのこの情景。甲斐善光寺、東光寺、武田神社、そして甲府城跡。今日はやっぱり、甲府をしっかり旅しろということだったのだろう。
すっかり暗くなってしまったな。明るいうちに訪れるつもりだったため、当初はそう思っていました。でもそれは、きっとこの煌めきに出会うためだったに違いない。
甲府盆地に散りばめられた幾千万の輝きの感動を胸へとしまい、鉄門から二の丸跡を経て内松陰門から公園の外へ。この先に広がる駅周辺も、かつては屋形曲輪と呼ばれる城内だった場所。在りし日の甲府城の規模の大きさを感じます。
最後の最後に最高の煌めきを魅せてくれた甲府の街に別れを告げ、浮足立つ冬の眩しさに彩られた駅ビルへ。まずは2階でお土産を買い込み、5階のレストラン街へと向かうことに。
駅直結の好立地で、ギリギリまで飲んだくれようという悪巧み。今日は時間の都合上お昼を抜いていたため、切ないほどの空腹を抱えつつ『そば・ほうとう・郷土料理信玄』ののれんをくぐります。
メニューを見ると、ちょい飲みセットというお得なセットを発見。早速生ビールと甲州名物の鳥もつ煮を選び、それにこれまた甲州名物の馬刺しを追加で注文します。
お昼抜きで歩いたご褒美をグイっと味わっていると、程なくして初となる本場の甲州名物とのご対面。うわぁ、これもうダメなやつ。甘辛い良い匂いが、思いっきり鼻をくすぐってくるんだもん。
そんな芳醇な香りに誘われ、照りってりの艶やかな鳥もつ煮をひと口。うん、旨い!そう直感的に舌を刺激してくる力強い味わい。見た目通り、結構な味の濃さ。ですが煮詰まるまで火の通されたレバーやハツの凝縮感がおいしく、お酒もいいけれどご飯にも絶対に合う罪な味。
続いて地酒に切り替えたところで、好物の馬刺しを。見るからに旨そうな赤身はしっとりとしており、脂に頼らない赤身ならではの直球の旨味が堪らない。
帰りのあずさまでは時間たっぷり、お昼抜きなのでお腹の余裕もまだまだ。ということで今宵のメインを頼む前にもう一品追加し、もうしばらくお酒を愉しむことに。
そういえば、せっかく山梨に来たのにほうとうを食べてないな。そう思い頼んだのは、その名もほうとう揚げちゃいました。ほうとうの麺と、具材に使われるかぼちゃとにんじんを素揚げしたものです。
まぁ、きっと旨いだろう。そう思いつつボリっと。普通の麺よりも存在感のあるほうとうは、素揚げしても芯に残るいい意味での小麦粉感。野菜も素材が良いのか、これまで食べた素揚げのものよりももっと甘い。
濃すぎず薄すぎずの塩味に、手が止まらなくなるほうとうチップス。それにつられて地酒も飲み干し、甲州ワイン3種飲み比べを注文。この地ならではの飲み継ぎに、なんかもう、本当に山梨大好き!
〆はやっぱりほうとうかな、でも自社農場のそば粉を使ったというそばも旨そうだし。ちゃっかり追加した甲州片手に激しく悩むことしばし、これまで気になっていた山梨独特の麺を頼んでみることに。
甲斐路最後の〆にと選んだのは、おざらと鮑の煮貝ごはんのセット。おざらとは、温かいしょう油のつゆで食べる冷たいほうとう。とはいっても一般的なほうとうよりも細身で、どちらかというと細うどんのような見た目をしています。
ずっと食べてみたいと思っていたおざら、待望のひと口。艶肌の麺はつるつるとした滑らかな舌触りともちっとした食感で、しっかりとしたコシもありとっても美味。
そんなおいしい麺を引き立ててくれるのが、絶妙な塩梅のおつゆ。しょう油の風味がたつ僕好みの味付けで、だしの風味ににんじん、大根、玉ねぎといった野菜から出た旨味が溶け込み、素朴ながらしみじみとした味わい深さ。
セットの鮑の煮貝ごはんは、保存食としても重宝された甲州名物の煮貝の汁を使った炊き込みご飯。こちらは控えめの塩梅で、お米の甘さにほんのりとした貝の滋味深さがしみています。
お腹いっぱい、こころも一杯。最後の最後まで山梨の未知なる魅力で満たされ、大満足で帰京の途へ着くことに。火照った頬に心地よい夜風を感じていると、程なくして特別急行あずさ号が入線。
列車は新宿目指し定刻に発車。あぁ、これでしばらくは甲州ともお別れか。そんな旅の終わりのちょっとばかりの感傷に浸っていると、車窓には夜闇に浮かぶ白亜の稲荷櫓。
あとはもう、盆地の縁へと挑む列車に揺られて過ごすのみ。山梨らしい白ワインのワンカップ片手に振り返る、今回の旅路。なんだかこの旅は、いろいろなものがほぐされたな。
ずっと気にはなりつつも、これまで訪れる機会に恵まれなかった下部温泉。そこで出逢えたのは、無色透明の冷たい湯に秘められた見えざる力。湯にほぐされ熟睡し、宿の方の温かさや手作りの味に心も緩み。そして何より、いつもは通るだけだった山梨に触れることのできたという歓び。
なぜこれまで、この地を旅してこなかったのだろう。初めてひとりで歩いた甲斐路は、そんな疑問とも後悔ともつかない想いを呼び起こすほどの魅力に満ちていた。
やっぱり、灯台下暗しなんだな。前回の房総に続き、その言葉の意味を身をもって思い知ることとなった今回の旅。こんな未知なる出逢いが、まだまだきっと隠されている。旅することの醍醐味をこの旅の余韻に重ねつつ、あずさ号に身を委ねいつもの日常へとゆるりと帰ってゆくのでした。
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