時刻はもう16時。街路の灯りも少しずつ目立ち始めたころ、ついに日光を離れる時間に。当初はこのまま東武で帰京と考えていましたが、今朝調べてみたところ宇都宮までバスで行けそうなので、『関東自動車』の路線バスに乗車し宇都宮経由で帰ることに。
ただ宇都宮まで出るのならJR日光線という選択肢もありましたが、この路線は中々味わい深いバス旅が楽しめそう。日光からは日光例幣使街道を南下。車窓を流れる杉並木を、かつて朝廷の遣いが遠路はるばる東照宮目指して歩いていました。
古の街道旅の気分に浸れることともうひとつ、バス移動を決めた理由が。それは日光街道を彩る桜並木。16㎞も続くという桜並木の下をこの路線が走るためあわよくばと思っていましたが、残念ながらほぼもう葉桜に。でも時折姿を現す桜色や頭上遥か高く伸びる立派な並木と、その迫力は想像以上。満開の頃はそれはもう見事なことでしょう。
バスに揺られ街道旅の情緒を味わうこと約1時間20分、東武駅前バス停に到着。バスはこの先終点のJR宇都宮駅まで行きますが、宇都宮の繁華街は東武の駅が近いためここで途中下車。
アーケードであるオリオン通りを歩いていると、なにやら郷土の味を楽しめそうな渋いおそばやさんを発見。ということでこの旅最後の晩餐は、『まげしとちぎや』にお邪魔することに。
まずは冷たいビールで喉を潤し、注文していたこいつとご対面。そう、色々と色々な、かの有名な郷土料理しもつかれ。地元の方でも苦手な人がいるという伝統料理ですが、ずっと気になって仕方がありませんでした。
まずは匂いをクンクン。意外と鮭の生臭さは全く感じず、酒粕の香りが漂う程度。そしてひと口。なんだよこれ、すげぇ旨味の塊!!クタクタに煮込まれた大根やにんじんが鮭のだしを吸い、加えられた大豆がまた香ばしい。酒粕も思ったより強くなく、全体を思いっきりひとつにまとめてくれています。
こりゃ見た目やイメージで損してるやつ。味はお店や家庭で千差万別だそうなので、単にこのお店のが食べやすくおいしいだけなのかもしれない。でも僕はこのひと口で、一瞬にして大ファンになってしまいました。
続いては、鮮もつ3種盛りハーフ。ちなみにこれと一番搾りジョッキのセットで1,000円以下。最初の一杯で頼んだ方がいい、かなりお得なセットです。
右はタン生刺し。名前に生とついていますが、絶妙な具合にボイルされています。全く臭みのないタンは、プリプリしこしこの歯ざわり。からしをちょんと付けて噛みしめれば、途端に下野の酒が欲しくなります。
真ん中は、砂肝南蛮漬け。茹でた砂肝をぽん酢や鷹の爪に漬けたもので、コリっとした食感とともに染み出す砂肝の旨味が堪らない。左のハツ生刺しもちょうど良い塩梅にボイルされ、プリプリとした弾力と詰まった旨味が絶品です。
続いて注文したのは、モロフライ。何の予備知識もなく、郷土料理の欄に書かれていたため好奇心で頼んでみました。
衣の立ったサクッサクのフライをひと口。すると中から溢れるものすごい肉汁。これまで出会ったことのない味に、ひとりながら思わず「何これ旨っ!」と声が出てしまったほど。その場で調べてみると、モロはサメだと知りびっくり。だって、そうとは思えぬほど臭みがないのです。
天鷹、杉並木、四季桜。栃木の旨い酒に歯止めがかからなくなったところで、純レバを注文。照りってりの甘辛いしょう油ダレが絡まった鶏レバーは、ふっくらかつ凝縮感のある旨さ。
そして〆にと選んだのは、栃木名物のにらそば。これまでも旅番組などで目にしましたが、食べる機会に恵まれたのは今回が初めて。
まぁ、にらのお浸しも旨いんだし、きっと旨いよね。程度の感覚でひと口啜ると、思わず絶句。まずにらが、僕の知っているニラではない。ものすごく瑞々しく、シャッキシャキ。なのに青臭さは全くなく、甘みもちょうど良く甘ったるくない程度。それがそばと一体化し、邪魔せず負けず想像をはるかに超えるバランス感。
これだから、旅することをやめられない。東京で真似して作ってみたとしても、きっとニラ臭いざるそばになってしまうだけ。栃木のにらの衝撃的な旨さがあるからこそ、このシンプルな味わい方が成立するのでしょう。
あぁ、もう1泊したい。これまで宇都宮といったら餃子ばかりだったけれど、今度は泊まってゆっくり飲もう。何度か訪れても制覇できなさそうな豊富なメニューに、そんな良からぬ妄想を抱いてしまう。
関東って、広いよなぁ。東京では、夏日も出始めるこの季節。それなのに満開の桜に迎えられ、更には冬の名残りに抱かれて。そして最後の最後に、初体験の栃木の味。心身の隅々まで栃木に満たされ、大満足で駅を目指します。
ほろ酔い気分、夢見心地で歩く夜の街。川面には街の灯りがゆらゆらと煌めき、夜風に吹かれそよぐ枝垂桜。東京から、在来線でもそう遠くない距離。それなのにこれほどまでに、自分の住む街と季節の移ろいが違うとは。
なんだかこの4日間、夢を見ているようだった。意図せず出会えた春色に、そしてまさかの冬の名残り。でも間違いなく、ここは僕の知っている栃木県。夜闇に浮かぶ宇都宮駅の姿に、はっと我に返るような感覚に襲われます。
あとはもう、東京目指して帰るだけ。いつもの見慣れた電車に吸い込まれ、いつもの街へと戻ります。とは言いつつも、今回乗るのは快速ラビット上野行き。子供の頃から時刻表で眺めては、宇都宮って随分遠いんだろうなぁと空想していた懐かしい列車。
旅の締めくくりということもあり、今回はちょっと奮発してグリーン車へ。遥か遠くから静かな車内へとかすかに発車ベルが漏れ聞こえたかと思えば、小気味よい衝動とともに快速ラビットは定刻に宇都宮を発車。
華やかな私鉄特急とはまた違う、JR中距離列車の持つちょっとした旅情。そんな帰路を彩るのは、小山市は西堀酒造の門外不出純米吟醸ワンカップ。濃い旨味の中に酸味も感じ、それでいて後味べたつかない濃く旨い酒。
憧れのスペーシアで新宿を発ち、鬼怒川で桜に出迎えられ残雪の地へ。今の温泉好きの僕を創り上げたきっかけのひとつである加仁湯との再会は、改めて関東というものの広さを体感する旅でもあった。
新宿から5時間かけて奥鬼怒へ。物理的な実距離では測ることのできないこの距離感を、きっと僕は忘れることはないだろう。同じ関東、されど関東。東北よりも遠い関東は、季節を翔ける夢を見せてくれたのでした。
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