東海道新幹線の黄金期を支え続けてきた栄光の軌跡に感動し、鉄道の時代を遡る旅へと出発します。
まず向かったのは、奥にずらりと車両が並ぶ展示スペース。僕の故郷である三鷹の行先を掲げるこの電車は、戦前から戦後まで国鉄をのみならず私鉄も含め通勤事情を支えたモハ63形。戦時中の物資、人手不足に対応するため、徹底的に簡素化された造りが印象的。
その奥には、中央本線の古きエースたち。湘南色と呼ばれる緑とオレンジを纏う165系は、主に急行として運用された電車。子供の頃、新幹線に乗るために朝早い中央線に乗ると、急行アルプスとして遠路はるばる駆けてきたこの電車に追い抜かれたことを今でも鮮明に思い出します。
その隣は、日本初の振子式特急である381系。乗り心地に関しては賛否両論あったようですが、改造したパノラマグリーンを先頭に走るしなのの雄姿は、子供の頃の僕の憧れでした。
続いては、非電化路線をSLから新時代へと進化させた気動車たち。国鉄特急色がよく似合うキハ82系は、非電化路線の特急として全国津々浦々を駆け巡りました。日本初の気動車特急であるはつかりとしてデビューしたブルドック顔が印象的ですが、それをよりスマートにしたこのデザインは、後の鉄道車両に大きな影響を与えました。
奥のディーゼルカーは、キハ10系と呼ばれる気動車。それまで1両単位での制御しかできなかった気動車において、複数車両を連結した列車を1人の運転士で運行可能にした車両。日本の大半を占めていた非電化路線の無煙化に大きく貢献しました。
ずらりと並ぶ、昔懐かしい色を纏った客車たち。国鉄ではぶどう色と呼んでいたこのチョコレート色、馴染みのある方も多いのではないでしょうか。客車から機関車、電車まで、昔はこの色の車両が各地を走り回っていました。
この10系客車は旧型客車に分類されますが、ヨーロッパの客車を参考にして作られたというデザインは、大きな一段下降窓を持つ段差のない流麗なもの。徹底的な軽量化と構造上の問題で短命に終わった車両ですが、一度は乗ってみたかった客車のひとつ。
先ほどのフラットな10系客車とは違い、窓の上下に走るウインドウシル・ヘッダーが古来の風情を伝えるこの車両。戦後初の1等寝台車として作られたマイネ40は個室も備える豪華設備を持ち、東京~九州間の花形列車などに連結されました。
その隣には、さらに古風な趣のオハ35が。随所にちりばめられたリベットが、当時の車両製造の難しさを伝えるよう。この車両を作った30年後には夢の超特急である0系が現れるなど、誰が一体想像できたでしょうか。
このとげとげの生えた独特な車両は、客車を改造したオヤ31建築限界測定車。この突起を使い、周囲の設備が車両の走行に支障をきたさないか検測しました。その風貌から、おいらん車と呼ばれることも。
ぶどう色の持つ魔力にすっかりやられたところで、その車内へと入ってみることに。チョコレート色のEF58にスハ43が連なる姿は、往時の客車列車の黄金期を思わせるよう。あぁ、この時代に生まれたかった。
足を一歩踏み入れれば、甦る鮮明な記憶。僕が生まれて初めて蒸気機関車、そして旧客と出会った秩父鉄道のパレオエクスプレス。まだ学校に上がる前でしたが、この旧客の持つ独特の空気感にすっかり心酔したことは今でも忘れられない原体験に。
ペンキの塗られた壁に、大きな布張りのスピーカー。白熱灯がぼんやりと灯るデッキの先には、列車を力強く牽引する電気機関車。これが当たり前に日常にあった世界。残された写真や映像に触れることはできますが、叶うことならばこの眼で見てみたかった。
着座と同じ視点へと姿勢を落とせば、耳に甦る独特のリズム。客車ならではの軽い走行音に、電車とは異なるリズムを刻むジョイント音。こんな温かみ溢れる世界に身を委ね、一晩掛けて目指すどこか。そんな旅を、一度は味わってみたかった。
昭和を色濃く感じさせる空気感と共に漂う、国鉄車両特有のあの匂い。視覚のみならず嗅覚からも鉄道の輝かしい歴史を感じ、デッキへと向かいます。するとそこにあるのは、レトロな雰囲気の洗面所。水回りにはタイルが使われ、工業的な鉄道車両というよりも、職人の造った建造物といった趣。
叶わぬ昭和の旅への憧れに浸りつつ車外へ。側面には名古屋行のサボが掲げられ、鈍く輝くボディーからはこれまで日本の交通を支えてきたという自負心すら滲み出てくるよう。
足元へと目をやれば、幾重にも重なる板バネが支える重厚な台車が。空気バネが当たり前になった今ですが、当時の乗り心地を思い出してもあのゆったりとした動きは快適そのもの。金属が醸す優美な振動は、列車旅を味わわせる大きなゆりかごのようだった。
質実剛健、機能の美。渋く光るチョコレート色の客車と、輝く信号機。今にも動き出しそうな昭和の遺産に、思わず目頭が熱くなってしまう。
せめてあと20年、いや10年早く生まれていれば。その時代の名残を薄っすらと覚えているからこそ感じる、この歯がゆさ。僕の懐古主義は、どうやら重症のよう。そんな僕の憧れの時代を辿る旅は、まだまだ続きます。
コメント