日本海を行く船旅も、残すところあと僅か。自分の寝台へと戻り荷物をまとめ、残りの時間を船尾のデッキで過ごすことに。去年僕の船好きが再燃して以来、四度目となるこの瞬間。長く過ごす船だからこそ、別れは辛くなるのです。
間近に粟島が見えたら、もうそこは新潟県。着実に近付くらいらっくとの別れの気配に、思わず胸が熱くなってしまう。椅子に腰掛け波に揺られるという甘美な時間を、悔いのないよう噛みしめます。
ただひたすらに大海原を感じていると、ふと目に入る人工物。あぁ、防波堤が見えてしまった。あとは静かに新潟港へと進むのみ。楽しすぎるからこそ、切なすぎる。それこそが、船旅のもつ魔力そのもの。
らいらっくはついに日本海に別れを告げ、信濃川を岸壁目指してゆっくりと進みます。だんだんと大きくなりゆく、人々の営み。灰色の港とこの曇天が、船との離別を一層味わい深くする。
苫小牧から遠路はるばる日本海を駆けてきたらいらっく。曇天を突くように聳えるファンネルからは、無事に貨客を届けられたという安堵感にも似た弱い煙が吐き出されます。
らいらっくは港内でその巨体を器用に転回し、いつしか船尾は新潟の街を望む位置に。着いた、着いてしまった。昨年は航海から更に旅の続きが待っていたが、今年はもう帰るだけ。遥かなる旅路の終わりには、濃厚だからこその感傷が付きまとう。
ゆっくりと、しかし確実に近付く岸壁。巨大な船は慎重に陸地へと寄り添い、まもなく新潟港に着岸。その瞬間、襲い来る切なさとちょっとした安心感。地に足の着いた陸路にはないこの感覚が、堪らない。
苫小牧東港から大海原を延々と進むこと18時間、ついに新潟港に到着。久々に味わう陸地の感触は、懐かしくもあり寂しくもあり。それだけ船上という空間が、極上の非日常に彩られていたという証。
船旅のもつ、異様な魅力。去年そのパンドラの箱を開けてしまった僕は、その予感の通りこうして今年もやってしまった。
クルーズ船のごとき豪華さをもつ太平洋フェリーに幕を開け、真面目な交通を体現するかのような実直な新日本海フェリーで幕を閉じた、今年の航海。ありがとう、きそとらいらっく。僕はもう本当に船の虜になってしまったのかもしれない。
よし、また絶対に。固く心に誓い、未練を断ち切るようにらいらっくのもとを離れます。歩むごとに、だんだんと薄れゆくその気配。手放しがたい船旅の余韻を繋ぎとめるように、振り返りもう一度だけお別れを。遠くに見える優美な姿に、思わず熱いものがこみ上げる。
有り余るほどの感傷に浸りつつ歩く、新潟の街。フェリーターミナルからは駅までのバスも運行されていますが、新幹線の時間まで余裕があったため歩いてゆくことに。
広大な川幅を誇る信濃川。それを優雅に跨ぐ万代橋は、架橋されてから90年もの間人や車を現役で通し続けています。そんな万代橋も、今日は曇天の下灰色にかすむよう。切ない。船旅の終わりにこの風情は、辛すぎる。
旅の終わり特有の寂寞に包まれつつ歩くこと約40分、この旅の終点である新潟駅に到着。暮れゆく雲空の下横たわる姿は、僕の心を現すかのよう。
楽しかった。今回の旅も、本当に楽しかった。最後に襲い来る感傷すら旅情に変え、気持ちを切り替えてこの旅最後のグルメを味わうことに。新潟駅直結の駅ビル内にある『越後長岡小嶋屋』CoCoLo新潟店にお邪魔します。
今回注文したのは、野菜天へぎ。新潟名産の舞茸をはじめとする野菜の天ぷらはからりと揚げられ、塩でもそばつゆでもその美味しさを味わえます。
そして肝心のおそばは、間違いのない絶対的旨さ。ふのりをつなぎに使ったそばは、つるつるしこしことした魅惑の食感。ほんのりと感じるちょっとしたぬめりが、その食感を一層印象深いものとしています。
去年に引き続き、二度目となった船旅ありきのゴールデンウイーク旅。愛知に始まり、北海道を経て新潟へ。その壮大な旅路は、終始穏やかな鮮烈さを持つ感動に溢れていた。
海を越えて訪れる、北の大地。そこにあるのは、空路鉄路では決して味わえない、遥かなる距離感。それを味わいたいからこそ、僕はこうして船に乗る。
船旅。飛行機やバス、鉄道よりも歴史のある、この国の交通を長きに渡り支え続けてきた覇者。載せ続けてきた人々の思いが宿るからこそ、唯一無二の旅情に溢れているのかもしれない。
こうして幕を閉じた、僕の黄金に輝く旅路。願えば叶う。今年も大きな感動をもらい、東京へと疾走する新幹線に身を委ね記憶を想い出へと変えてゆくのでした。
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