台温泉で迎える穏やかな朝。今朝もちょうど良い時間に目が覚め、まだ誰もいない露天風呂へ。大きな岩風呂に満たされる、清らかな源泉。そこにひとり肩まで沈み、しみじみとそのぬくもりを噛みしめます。

朝からゆったりとお湯と戯れるという旅先ならではの贅沢に浸っていると、あっという間にもう朝食の時間。今朝もおいしそうな品々が並びます。
ほっくりと凝縮感ある中辛の塩鮭、とろ甘の長ねぎが堪らない豆腐ステーキ。針しょうがが爽やかなわかめとめかぶの和え物に贅沢にも塩いくらまで、どれも白いご飯に合うものばかり。最後に大好物の長いも納豆ご飯で〆て、大満足大満腹で自室へと戻ります。

浴感も雰囲気も異なる3つの浴場。最後はどの湯で締めくくろうか、そう悩みつつ足の向くまま別館へ。万寿の湯がちょうど空いていたので、贅沢にも貸切で最後の一浴を味わうことに。
湯を一層味わい深いものとしてくれる、浴槽を彩るレトロな豆タイル。あふれる湯が流れるゆく音をぼんやり聞きつつ、台で過ごした2泊をひとり静かに反芻してみる。良い湯、良い味、善い時間。これはまた、再訪したい宿に出逢ってしまったな。

バスの時間に合わせ、名残惜しくもチェックアウト。松田屋旅館への再訪を固く誓い、台温泉バス停から『岩手県交通』の路線バスに乗り込みます。
川に沿って県道を下り、大型旅館の建ち並ぶ花巻温泉を経て市街地を目指し走るバス。車窓には、なんともいえぬうつくしさをもつ冬の情景。なぜこうも、岩手はいつ何時訪れても岩手らしいのだろう。この牧歌的なモノクロームが、愛するこの地との別れを切なくする。

台温泉からこの季節ならではの情景に浸ること20分ちょっと、在来線の通る花巻駅に到着。もうかれこれ、20年近くか。はじめてこの駅に降り立ったとき、これほどまでに何度も繰り返し訪れることになるとは思ってもみなかった。

それほどまでに魅了されてしまった、花巻という湯の魔境。ある意味僕の秘湯の原点ともいえる、鉛温泉藤三旅館。二十代半ばにして未知なる世界を知ってしまい、それ以来ことあるごとにこの地へとやってきた。

鉛、大沢、台、山の神。いずれも僕にとって、忘れられない想い出の湯と宿ばかり。これはまた、季節を変えて再訪せねば。そんな愛する花巻への想いを鹿踊の雄姿に託し、東北本線に乗車します。

すっかり慣れ親しんだ701系に揺られ南下すること40分ちょっと、平泉に到着。ここに降り立つのは約5年半ぶり。それも冬に訪れるのは初めてのこと。おととい新幹線で通過したときはまったく雪がなかったのに、ほんのりとした白さに思わずうれしくなってしまう。

さて、まずは中尊寺を目指そうか。そう思い旧国道4号に出ようと歩きはじめると、道しるべの指し示す先には味わい深い町並みが。そういえば、駅から中尊寺まで歩いて向かうのははじめてだった。こんなふとした出逢いも、敢えて下調べしないで旅するからこその醍醐味のひとつ。

古くは中尊寺の参道として、その後宿場や幹線国道としての歴史を持つという中尊寺通り。両側に商店や民家の並ぶ渋い情緒を噛みしめつつ歩いてゆくと、頭上をかすめてゆく鳥の声。見上げれば、次から次へと来ては去りゆく雁の群れ。

なんとなく哀愁を感じさせる鳴き声に東北の冬を噛みしめていると、住宅街の途切れたところに開けた場所が。
かつて平等院を模したお寺が建っていたという、無量光院跡。奥州藤原氏の滅亡後に焼失し、土塁や礎石が残るのみとなっていたそう。現在は池や島の復元整備が進められ、往時の浄土思想を感じられる空間に。

芝生の枯色を染める薄い雪、冬の冷たさを映す薄氷。かつての繁栄の跡に、諸行無常ということばを浮かべ歩く道。すると上空から、なんとも懐かしさを覚える鳴き声が。あ、と思い空を仰げば、優雅に飛んでゆく4羽の白鳥。そのあまりのうつくしさに、思わず言葉も失い見送るばかり。

駅からのんびり歩くこと20分ちょっと、中尊寺の麓に到着。時刻はちょうどお昼前。急坂に挑む前にまずは腹ごしらえをと、駐車場の脇に建つ『泉橋庵支店』へとお邪魔することに。

12年前、はじめて平泉を訪れた際に立ち寄った想い出のお店。あっという間にひと回りしてしまったか。時の流れのはやさにちょっとばかり慄いていると、お待ちかねのおそばが運ばれてきます。
今回注文したのは、秀衡盛付わんこそば。岩手といえばの名物わんこそば。無限おかわりで有名な盛岡に対し、ここ平泉ではこうしてあらかじめお椀に盛り付けて一度に出すスタイル。12杯でざるそば1枚分、そしてこの24杯なら2枚分の量があるのだそう。
空のお椀ととろろの入ったお椀にそれぞれそばつゆを入れ、満を持してひと口。うん、やっぱり東北のそばは旨い。見てのとおりの太めのそばは、噛めば主食としての主張をしっかりと感じさせてくれる食べごたえ。
つづいてとろろのつゆにくぐらせずるりといけば、この太いそばにも負けないしっかりとした芋の豊かさ。山菜やそばの実なめこ、かつおぶしといった薬味を適宜加えつつ食べ進め、最後まで飽きずにぺろっと平らげます。

でもやっぱり24杯、いや、サービスです!と追加してくれた2杯も加えて26杯は食べすぎた。ぱんぱんになったお腹に少々の苦しさを感じつつ、力を蓄えたところで月見坂に挑むことに。

杉の老木に護られ、ひっそりとした空気に包まれる月見坂。うっすらと施された雪化粧が、その世界観をより一層荘厳なものにしてくれる。

5年半ぶりに訪れることのできた、中尊寺。12年前にはじめてお参りして以来、今回で4度目となる再訪。凛とした空気感の漂う本堂で、こうしてまたあらたな季節にお参りできたことのお礼を伝えます。

荘厳な本堂でのお参りを終え、つづいて金色堂へ。12年前、はじめて対峙したときのあの衝撃がよみがえる。だがしかし、いまこうして目に映る黄金の輝きに想うところはまったく違う。

特に2度目に訪れた10年前、いま思い返せばあのときはきっといろいろ限界だったのだろう。その後さらに大きな変化も経験したが、ありがたいことにそれらは自分にとって糧となっていると思えるように。

小学校で習って以来の念願叶い、金色堂の迫力に圧倒されるばかりだった12年前の僕。人々のこころを救うような輝きに、それまで抱いたことのない感覚に襲われた10年前。そしていま、良い意味で平坦な気持ちで向き合えている。自分の過ごしてきた時間が無駄ではなかったと、いまなら素直にそう思える。

この先だって、なにが起こるかわからない。でも少なくともこの十年、自分にとって大切な経験をしてきたことに違いはない。旅を重ね、その記憶をブログに残し。だからこそ自分の変化にもこうして気付け、いまがあることを教えてくれる。
訪れるたびに、自分のなかにある様々な想いを映してくれる中尊寺。平泉を染める冬色に、あらためて自分の歩いてきた道を確かめるのでした。



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