まだ夜明けの気配すらない、3時半。いつもの早番の癖なのか、ふと目が覚めてしまう。普段ならそれを疎ましく思うところですが、窓の外には明るい月。その美しさに窓辺と近づけば、雲とも靄ともつかぬぼんやりとした白さが夜闇を煙らす幻想的な世界。
真夜中の幽玄な空気感に触れ、再び寝床へ。そのまま眠りに落ち次に目が覚めたときには、もうすでに空には朝日の気配が。
少々寒いけれど、ベランダへ出てしばし眺める早朝の湖畔。山際の明るさが一段と強まり、ついに肌へと届く朝日の温もり。湖水から生まれる淡い霞、ゆったりと山を下る朝の靄。
房総半島の真ん中に、こんな厳かな朝があったなんて。自分の暮らす東京のすぐお隣とは思えぬ光景に、息を呑まずにはいられない。
亀山湖に満ちる朝の冷気を心身へと取り込み、体も冷えたところで朝風呂へ。静かに流れる時間のなか、ゆったりと揺蕩う濃厚な黒湯。湯上りにまだ温もり残る布団でごろごろしていると、あっという間にもう朝食の時間に。
こちらの宿は、ハーフビュッフェ形式の朝ごはん。テーブルにずらりと並ぶ小鉢は、どれもご飯によく合いそうなものばかり。バリエーション豊かな品々の中から厳選し、自分だけの和朝食の完成です。
まずは焼き立てを運ばれてきた、鴨川産のあじの開きを。パリッと香ばしい身から溢れる、ちょうど良い塩梅の脂と凝縮された旨味。そこへすかさず甘くもちもちとした粒すけを頬張れば、素朴な幸せが口から心へと広がりゆくのを感じます。
卓上で湯気を上げるベーコンエッグは、自分好みの焼き加減で。ベーコンに使う豚は、地元亀山産。いわゆるスーパーで買うベーコンとは異なり、塩漬け肉の凝縮感ある濃厚な旨味が印象的。厚めの白身も全く脂っこさはなく、ギュッと詰まった豚ならではの甘味が広がります。
そして驚いたのが、この卵。君津産の永光卵は、こんもり艶々とした濃い黄身が特長。生卵も抜群のおいしさですが、焼けばその黄身がしっとりほっくりとしたコク深い味わいに変身し、もうこれだけでご飯をいくらでも食べられそう。
メインのおかずだけでもモリモリ粒すけが進んでしまいますが、自分で選んだ小鉢も試してみることに。木更津サーモンほぐし身は、じんわりとした旨味がご飯との相性ばっちり。千葉の誇る江戸前の海苔は、パリッとした心地よい歯触りと香りが堪らない。
ちょっとこの朝ごはん、危険すぎる。どれも最高のご飯の友ばかりで、おひつ一杯にあった粒すけも気づけばあっという間に完食。上総の味噌で仕立てた肉厚で旨味の濃い木更津産しじみ汁の余韻に浸り、大満足で部屋へと戻ります。
超満腹になったお腹を何とか落ち着け、午前の最後の湯浴みへ。みんながチェックアウトしてゆくなか、ひとり静かに湯に沈む。時間的なゆとりと、何とも言えぬ少しばかりの優越感。一度このまろやかな時間を知ってしまうと、連泊の甘美からはもう逃れられない。
畳の感触を愉しみつつのんべんだらりと過ごしていると、あっという間にもう11時。こちらの宿ではランチ営業もしていますが、基本的に木曜日と金曜日はお休みだそう。今日はちょうど木曜日だったので、昼食がてら湖畔散策へと繰り出します。
昨日来るときにも眺めた、宿の目の前の釣り堀を彩る立派な銀杏。その黄金色に色付く枝葉に守られるように建つ、小さな赤鳥居。里の秋を凝縮したかのような空気感に誘われ、奥へと伸びる小径を進んでみることに。
色づきはじめの紅葉や銀杏、葉を落としつつも丸々とした実をつける柿の木。そんな小さな参道を彩る秋色を、やさしく包むパステルの空。
穏やかな日射しの温もりに包まれつつ歩いてゆくと、正面に現れる熊野神社。立派な狛犬に守られた小さなお社に、初めてこの地を訪れることのできたお礼を伝えます。
熊野神社から真新しいグランピング施設の脇を通り南下してゆくと、赤いアーチが印象的な豊田大橋が。この橋がひと跨ぎするのは、笹川渓谷。今はなみなみと水を湛えていますが、その下には深い渓谷が隠されています。
橋上から笹川上流方向を眺めれば、目を引くのが存在感ある地層断面。房総半島は、古くから人や河川用の隧道が発達した場所。重機のない時代にいくつも穴を穿つことのできる地質の柔らかさが、この光景からも解るよう。
笹川が削りだした大地内部の紋様美に触れ、のんびり歩く長閑な道。爽やかな秋晴れの空の青さに映える、艶めく柿の実。秋だな。気温は未だ高いままだから実感はないけれど、それでも確実に一年の終わりへと進んでいる。
湖畔へと出てみようと、左に折れて坂を登ります。するとそこには、豊かな稲穂が揺れる水田が。ここ亀山湖は、隣の養老渓谷とともに日本一紅葉の遅い場所とされているのだそう。関東平野よりも温暖なのか、季節の進み方が若干異なることを実感します。
そのまま進んでゆくと、湖にせり出すようにしてぽつんと佇む東屋が。小高いところに建っており、あそこからの眺めはきっとよさそう。
一面の秋空と、満々と水を湛える亀山湖。東屋の突端に立ち、両手を一杯に広げて思い切り深呼吸。穏やかな青空、温かい風。今日は本当に散策日和だ。
胸いっぱいに秋のやさしさを吸い込み、水際へと下りてみることに。風になびく銀の穂、その煌めき越しに眺める赤い鳥居。どこを見ても、この季節のもつ色合いがこころへと流れ込む。
先日の大雨で水位が上がっているようですが、どうやら東屋から湖畔に沿って歩いて行けそう。足に感じる土の柔らかさと、踏むたびにかさかさと鳴る落葉の音色が心地良い。
それにしても、本当にのどかでいい場所だ。湖水にはバス釣りと思われる小舟が幾多も浮かび、湖畔から竿を垂らす釣り人の姿もちらほらと。今日のぬくぬくとした気候も相まって、ここでのんびりうたた寝でもしたくなる。
これまで目にしたダム湖より、何となく湖水との距離感の近さを感じる亀山湖。秋でありながら春のうららかさを感じさせるような晴れ空の下、湖畔さんぽはさらに続きます。
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