はまべで東京湾の幸に舌鼓を打ち、いよいよ鋸山へと向かうことに。相変わらず雨は降り続いていますが、きっぷ売り場で片道券を購入。窓口の方に雨ですけど大丈夫ですか?と聞かれ、ちょっとばかり不安な気持ちが芽生えます。
鋸山といえば、青く輝く東京湾と富士山といった眺望が売りの場所。そうだよな、前回来たときに景色のうつくしさに感動したもんな。まぁ雨は雨で、きっと違う体験ができるだろう。
こんな天候でロープウェーに乗る人もいないのか、この便は僕の貸し切り状態。乗務員さんのマンツーマンの肉声解説を聞きながら、ゴンドラは山頂目指して動き始めます。
ぐんぐん高度を上げ、どんどん遠ざかる先ほどまでいた金谷の町。それに反比例するかのように、大きくなりゆく雨空と同化した灰色の東京湾。
房総半島の内側へと視線を移せば、幾重にも連なる深い山々。黒々とした山並みには白い霧が立ち込め、その光景はまさに水墨画の世界。
この天候ならではの幻想的な景色を眺めることあっという間の4分、ロープウェーは山頂駅に到着。ここ鋸山は、かつて石材の産地として栄えた場所。駅の一画には石切りの資料を展示したスペースが設けられています。
ここで産出される房州石は質が高く、横浜や横須賀といった港や都内へ建材として供給されていたそう。江戸時代から1985年まで採石が行われ、至るところにその痕跡が残されています。
僕の子供のころまで続いていたという石切りの歴史に触れ、いよいよ雨の中山歩きを始めることに。駅の上の展望台から来た方向を眺めれば、ロープすらすぐに姿をくらますような真っ白な世界。
駅から歩きはじめてすぐ、鋸山の山頂に到着。晴れていれば真っ青な東京湾が見渡せるはずですが、全ては白い霧の中。もちろん観光客の姿もなく、早くも心細さが胸中を支配しはじめます。
ところどころ整備された石段が現れますが、基本的には道は土ではなく房州石が露出しており、そのざらざらとした岩肌により雨でも意外と滑りにくい。ですが絶えず凹凸が繰り返されるため、足元を見ながら慎重に坂を下ってゆきます。
山頂駅から歩くこと約10分、今から1300年近くも前に開山されたという『日本寺』に到着。何故雨でも鋸山に来たか。それはどうしてもこのお寺に来てみたかったから。
西口で拝観料を払い、これまで下ってきた分を取り返すように登り坂へ。ゆっくりと歩くこと5分足らず、分岐を左へと進みかつての石切り場へ。人力が生み出したとは思えぬ造形に、思わず息を呑んでしまう。
岩肌と霧、モノクロームに支配された道を抜けると、岩盤に彫られた大きな観音様が。この百尺観音は、1960年から6年の歳月をかけ彫刻されたものだそう。石切りの跡が残る岩に刻まれた巨大な姿は、まさに圧巻のひと言。
その先には、鋸山といえばの地獄のぞきが。かつての石切り職人により生みだされた、天に突き出すような独特な形状。真っ白な霧の中黒々とした岩がせり出す姿は、どことなく現実離れした夢幻の世界。
対岸から荘厳な姿を眺め、いよいよ地獄のぞきへと挑みます。辛うじて階段状にはなっているものの、はっきりとしたステップはなく慎重に足場を選んで進みます。
道なき道を登り切り、いよいよ空中へと突き出た岩の先端へ。深い霧であまり高度感はありませんが、慎重に岩肌を下ってゆくと霧へと吸い込まれてしまいそうな独特な感覚が。
先端から下を見下ろせば、霧の中ぼんやりと見える切り立った石切り場の跡。その裾を確認することは到底できず、ここがいかに高い場所かが伝わるよう。
期待していた展望はないけれど、この霧の立ち込める幻想的な空気感に早くも圧倒されてしまう。夢と現の境すら溶けだす霧中の世界へ、さらに歩みを進めてゆくのでした。
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