上三依塩原温泉口駅より、那須塩原市のコミュニティーバスである『ゆーバス』に乗車。野岩鉄道との接続も考慮されているため、東京方面から塩原温泉へはこのルートがとても便利。運賃が一律200円というお手軽さも嬉しいところ。
小さいバスに揺られること20分ちょっと、あっという間に塩原温泉バスターミナルに到着。このバスターミナルは塩原温泉郷の中心に位置し、ここから路線バスの乗り継ぎや送迎車で、さまざまな湯の湧く塩原の各温泉へと向かうことになります。
僕が今回お世話になった宿のある新湯温泉は、ターミナルからはかなりの距離。徒歩でのアクセスも難しく路線バスもないため、あらかじめお宿に送迎をお願いしていました。
送迎車に乗り換え、山道をどんどんと登ること約15分、塩原温泉郷でも奥の奥に位置する秘湯、新湯温泉に到着。車を降りた瞬間から鼻をくすぐる硫黄の香り。いやぁ、これこれ!と気分が高まりつつ目の前を見ると、宿の裏手すぐそこがもう噴煙地。新湯爆裂火口跡と呼ばれるこの地獄こそが、この新湯温泉を生む源泉地なのです。
新湯温泉の源泉直下、そんなダイナミックなロケーションに位置するのが今宵の宿である『湯荘白樺』。数年前よりずっと来てみたいと思い続け、念願かなってやっと訪れることができました。
こちらの宿は、チェックイン時に夕食の飲み物を注文するという珍しいスタイル。飲み物の種類も豊富なため、出かける前にHPであらかじめ見当を付けていくのがおすすめ。
早速チェックインを済ませ、部屋へと通されます。下界は30℃近くになろうかという暑い日でしたが、部屋の窓からはそうとは思えないほど爽やかな風がそよそよと吹き込みます。さすがは標高1000m近い場所。今日は快適な湯浴みが楽しめそう。
浴衣に着替え、待望のあのお湯との対面を。逸る気持ちを抑えつつ、最上階にある浴場を目指します。こちらには男女別の内風呂と混浴の露天風呂があり、まずは露天風呂の方へ。ちなみに18時~21時は女性専用となります。
脱衣所から数段降りたところに、真っ白なお湯を湛える瓢箪型の湯船が。くびれたところに衝立が立てられており、手前の広い方が熱め、奥の方がぬるめとなっています。
僕のにごり湯欲求を存分に満たしてくれる、見た目と香り。それだけでもここまで来た甲斐があると悦びを噛み締めつつ、ゆっくりと肩まで浸かります。
するとまず感じるのは山のにごり湯らしい、しっかり、はっきり、まったりとした硫黄の香り。僕はこの一泊二日で、全身の毛穴という毛穴を硫黄で埋め尽くすつもりでやってきました。その妄想を叶えてくれる香りに包まれ、気分はもう最高潮。
4か月ぶりの硫黄の香りについつい気を取られてしまいましたが、驚いたのはそのなめらかな浴感。pH2.6の強酸性なはずですが、肌への刺激は全くと言っていいほど感じられません。それどころか、肌にすっと浸みわたるような馴染みのよさ。
入った瞬間はちょっと熱いかな?と思いましたが、それはほんの一瞬のこと。すぐに体は慣れ、全身が心地よく包まれる感覚を存分に味わいます。
こちらの温泉は、新湯に3つある共同浴場のうち「中の湯」と同じ源泉だそう。源泉名に共同噴気泉と書かれている通り、お湯として湧き出ている温泉ではなく、水と噴気から温泉を作るというもの。
噴気泉、造成泉というと、どうしても人工的というイメージがついてまわりがち。でもこのお湯に入れば、そんなイメージなど一発で吹き飛んでしまうこと間違いなし。もうすっかりこのお湯の虜になってしまいました。
山の力を思い切り溶け込ませた濃厚な温泉。入っている間はそうでもありませんが、その温まり方は相当なもの。湯上がりに冷たいビールをグイッとやっても、なかなか汗が引きません。
いやぁ、すごい。来たい来たいとは思っていましたが、近所の栃木にこんな素晴らしいお湯が湧いていたなんて。前回の明賀屋本館同様、これまで塩原に目を向けてこなかったなんて本当にもったいない。
これはやばいぞ。湯上がりの体から発せられる硫黄の香りをつまみに飲むビール。今度はいつ塩原に来ようか、どこの温泉に泊まろうか。そんな危ない妄想が、更にビールを旨くします。
時刻はまだ16時過ぎ。ゆっくりロング缶を味わったところで、今度は内湯へと向かいます。脱衣所の扉を開けると、そこに広がるのはひとつの理想形とも言えるような渋い木造りの浴場。関東、栃木でこんなに鄙びたお湯に浸かれるなんて。気分はもうすでに逆上せ気味。
先ほどの露天風呂と同じ源泉が掛け流されていますが、入った感覚からいえばこちらの方が若干濃厚といった印象。湯口を見ると、こちらの方が少しだけ流れ出る湯量が多いからなのかもしれません。その分こちらの方が若干熱め。ですがしっかりと掛け湯をしてから入れば、全く気にならずさっと肩まで浸かれる程度。
濃厚な硫黄泉に肩まで浸かり、深呼吸すれば充満する硫黄臭がこれでもかと鼻の奥まで押し寄せる。見上げれば温泉の成分で変化した、木材の味わい深い色味。露天には露天の良さがありますが、内湯には内湯の良さがある。そのことを強く実感させてくれる、至福の瞬間。
そしてもうひとつ、この内湯には忘れてはならないもう一つのお目当てのものが。源泉槽に沈殿した温泉成分をざるで濾した湯泥が、バケツの中にたっぷりと用意されているのです。
温泉で熱くなったら湯泥を塗り、3分待つ間にクールダウン。そして温泉で湯泥を流せば、驚くほどの美肌の出来上がり。こんな驚くほどの美肌なんて書いたら、嘘くさいと思われるかもしれません。そう、嘘のようにたった一回で効果を感じるほどなのです。
これまでも泥パックで遊べる温泉には何箇所か行きましたが、ここまであからさまな美肌効果を体感したのは初めてのこと。たった3分、塗って待つだけ。この湯泥はお土産としても販売していますが、それだけファンが多いのもうなづけます。
期待以上、想像以上のお湯の力をたっぷりと楽しんだところで夕食の時間に。美味しそうなおかずの並ぶお膳がお部屋へと運ばれてきます。
右の陶板は、三元豚のお鍋。たっぷりの野菜におろしベースのさっぱりとしたたれが掛けられ、その上で豚肉が蒸し煮にされるというもの。蒸し焼きにしてからたれにつけて食べるタイプのお鍋はよく食べますが、この食べ方は初めて。火の通り方が丁度よくなるためか、野菜も豚も柔らかく、味がしっかりと絡んで美味しい。
奥はホイルに包まれたチキンの甘辛煮。隣にはドレッシングの掛かった野菜サラダが添えられています。この甘辛煮が何とも言えない素朴な旨さで、ご飯にもお酒にもピッタリ。鶏の芯まで浸みた甘辛さは、なんだかほっとするような美味しさです。
煮物は薄めの味付けで、野菜の持つ甘味や味わいを感じられます。ハスにごぼう、にんじんのきんぴらもシンプルながら丁度よい味付けで、手造りならではの味わい。
山の宿の夕餉の共にと選んだのは、大田原市は鳳鸞酒造の純米吟醸酒塩原。この地の名を冠した四合瓶を、寝るまでの間にゆっくりと愉しもうという寸法です。
味わいは、どっしりとした旨味や香りがありつつ辛めといった印象。地酒の印象がそれほど強くない栃木ですが、こうして来るたびにうまい酒に出会えるのも嬉しいところ。
部屋食で手作りの味をのんびりと楽しむひととき。お酒を1/3ほど味わい、ご飯をお腹一杯食べてもまだ時刻は19時前。なぜこうも旅先での時間の流れは違うのだろうか。この非日常のゆとりを味わいたいがために、旅へ出てしまうのかもしれない。
一杯になったお腹を落ち着け、再びお風呂へ。日はすっかり暮れ、窓の外は闇に包まれています。そんな静けさのなか味わう、濃厚なお湯。ゆらゆらと揺れる湯面を見れば、無数の細かい湯の花が溶け込む様が見て取れます。
その姿はどことなく乳製品を思い出させるシルキーさ。でもカルピスや牛乳、ヤクルトほどではない。そうだ、子供の頃に流行ったアンバサみたい。どうでもいいかもしれませんが、僕の中でこのお湯はアンバサのイメージに勝手に決定されました。
今回も、本を持たずの気ままな一泊旅。適当にテレビを点け、ぼんやりと眺めて気が向いたら温泉へ。情報を遮断して非日常を心底味わうのも楽しいですが、こうしてなんとなくだらんと過ごす旅もまた楽しい。
残しておいたお酒をちびり、そして足しげくお風呂へと通う。よく温まるお湯なので、ちょっとずつの入浴を繰り返します。お湯と湯泥のコンボを何度か反復するうちに、もうすっかり全身すべすべに。
この日最後の写真に35歳のおっさんの肌を載せるのも、とも思いましたが、やはりこの効果は特筆すべきもの。強酸性のはずなのに、なんでこんなに馴染みがよく刺激がないのだろう。本当に惚れ惚れしてしまいます。
初めてこのお湯を知ってから数年、ずっと来たいと思い続けてきた魅惑の湯。期待を遥かに超えるその心地よさに、旅は期間ではなく内容なのだと改めて実感。またひとつ一泊の成功例を作ってしまった。若干の懸念とそれを上回る幸せに、心の底から酔いしれるのでした。
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