窓から差しこむ光と鳥のさえずりに起こされる朝。目覚ましに起こされるそれとは違い、何十倍も、何百倍も爽やかな目覚め。特に昨日は新湯の濃厚な温泉にほぐされたため、頭の芯からすっきりと気持ちよく起きることができました。
1000m近くの標高に位置する新湯温泉。初夏とはいえ朝の空気は涼しく、朝風呂を楽しむにはもってこい。早速露天風呂へと向かい、今日も硫黄分補給に勤しみます。
凛とした空気の中味わう、なめらかな大地の恵み。肌への感触もさることながら、鼻をくすぐる硫黄の香りも堪らない。泊まったからこそ味わえる朝風呂の贅沢に、身も心も満たされます。
のんびり朝風呂を楽しみ、ごろごろしていたところでお布団上げの時間に。朝食も部屋食のため、その前にお布団とお別れします。そして運ばれてきた朝ごはん。山の温泉で迎える朝にふさわしい品々が並びます。
鯖は焼き目が香ばしく、皮までパリッと美味しく焼かれています。旅館でこんなにパリッとした焼き魚は久しぶりかも。手間の掛かる焼き魚は、自宅では絶対に作らない、朝食の王道かつ王様。
サラダは野菜の美味しい土地らしく、新鮮で瑞々しくパリパリとした食感。ほうれんそうのごま和えや切り干し大根は少し甘めの、手造りらしい美味しさ。
そして印象的だったのが、灰色をした温泉玉子。割ってみると白身の感じが独特。ゆるりとしていながら水っぽさはなく、かといって固形ではない。温泉玉子にありがちな白身の水っぽさが苦手なのですが、これは凄い、初めての食感。
ゆるすぎず固すぎずの白身も絶妙なのですが、黄味の凝縮感もまた絶妙。箸で切るとねっとりと付くくらいの濃さですが、やはり固まってはいないのです。
普段温泉玉子は単体で食べるのですが、お皿に割ってみた瞬間、もうこれは納豆ごはんに載せねば!と直感。粗めのねぎの風味が嬉しい納豆と合わせれば、その日一日の元気が約束されるかのような幸せが口の中に広がります。
おいしい朝ごはんをお腹一杯平らげ、満腹を落ち着かせたところで最後の一浴を。毛穴の奥の奥まで硫黄分を吸い込むべく、出たり入ったり心ゆくまでお湯を味わいます。
一泊二日、短いようで思い切り新湯の恵みを満喫できた気がする。それは濃厚なお湯と湯屋の風情があってこそ。山のにごり湯への欲求を存分に満たしてくれるいいお湯に、手造りの素朴な美味しさのご飯。塩原温泉郷という場所でこれで一泊10000円を切るのだから、もう言うことなし。
またひとつ、危ない宿を見つけてしまった。気軽に来られる値段に距離、そして再訪したいと思える良さ。今度はやっぱり連泊だな。あのお湯を一夜の夢で終わらせるのは非常にもったいない。また訪れることを決心し、送迎車で宿をあとにします。
バスの時間まで少し余裕があったので、近くの箒川沿いをのんびり散策。まばゆい箒川沿いの新緑を目に焼き付け、塩原温泉に別れを告げます。
昨日は野岩鉄道からのアプローチでしたが、帰りは王道の東北本線経由。塩原温泉バスターミナルより『JRバス関東』の西那須野駅経由那須塩原駅行きに乗車します。
塩原温泉から箒川沿いの渓谷美を眺めつつバスに揺られること約30分、千本松バス停で途中下車。バス停のすぐ横に位置する広大な牧場、『千本松牧場』でのんびりまきば散歩を楽しむことにします。
レストランやお土産、温泉に動物たちと、広大な敷地に色々な見どころが点在する千本松牧場。平日休みの施設などもあるので、お出かけ前にはHPをチェックして行ったほうがいいかもしれません。
まず向かったのは、乗馬のできる馬場。白い柵で囲われた馬場には、色とりどりのお馬さんがのんびり放牧されています。本当は乗馬をするつもりでしたが、雨もポツポツ降り出し時間の都合もあったので今日は断念。
まぁいいさ、また今度塩原に来る口実ができたというもの。乗馬を止めた分、時間の方にゆとりが。お馬の姿をのんびりと眺めるだけで、なぜだかホッとする。
さらさらとしたたてがみに、やさしく揺れる長い睫。馬には人の気持ちを穏やかにする何かが宿っているのでしょうか。馬を眺めるたびに、何となくその瞳に吸い込まれそうになるのです。
のんびりとお馬さんを眺め、今度は牛の放牧場へ。広大な敷地のため、時間に余裕がない場合はレンタサイクルを借りるのもひとつの手かもしれません。
僕は特に急ぐ必要もなかったので、雨上がりの那須の自然の中をゆったりと散策。途中で人を乗せて歩く馬に出会ったり、苔むした杉木立の中青葉の香りを楽しんだり。そして時折漂う牧場の香りもまた、このような場所で味わえる非日常のひとつ。
静けさに包まれた道を歩くこと約10分、青々とした牧草の広がる放牧地に到着。ここには数頭の牛がのんびりと放牧されています。
僕が立ち入ると、ゆったりと顔をこちらへと向ける牛たち。それはまるで、「あ、人間来た。」とでも言っているよう。僕が牛を見に来たのか、それとも牛に見られに行ったのか。この穏やかな空気感は、ここが本州・関東であることを忘れてしまいそう。
奥へと進むと、大きな牧草のロールを食む牛たちが。牛の性格も様々なのか、手前の黒い牛はなかなか神経質。僕の一挙手一投足が気になるようで草を食べようとしてやめてしまいます。
逆に白い牛の方は僕に興味津々。のんびり草を食みつつ、口をもぐもぐさせながら顔を近づけてきます。美味しそうに咀嚼していた草をゴクンと飲み込み、牧草をまたひと口。そしてふたたび噛みながら近付いてきます。
ベタ、本当にベタだけれど、癒される。牧草の発酵臭、牛の匂いや息遣いに草を噛む音。最後に牧場で牛を見たのなんて、何年前だっただろうか。そのときは動物は遠くから見るもの、かわいいけれど匂いも苦手で怖く感じたのを思い出します。
それがなぜか今は心地いい。世話をしろと言われればできないとは思いますが、最後に牛を見たときとは明らかに印象が変わっていました。あぁ、歳を取るってこういうことなのかもしれない。30前後を境に自分の価値観が何となく変わってゆくのを、旅先で実感することが増えました。
ここ千本松牧場へは、10年ほど前に会社の温泉仲間で一度来たことがあります。そのときは「ミレピーニランチョ」というグリル料理がおいしいレストランで食事をしました。今回もそこでソーセージ&ビールと思っていたのですが、今日は定休日。なのでメインの大型レストランである「ジンギス館」で昼食をとることに。
とても広い店内にずらりと並ぶ大型テーブル。その中央にはジンギスカン鍋がドンと置かれ、みんなジュージューと美味しそうにお肉を焼いています。意外とひとりジンギスの方も見受けられ、僕も焼いちゃおうかなという誘惑が。ですが入るときに食べるメニューを決めていたので、香りの誘惑を振り払い食券を買います。
ジンギスカンの香りをつまみに冷たいビールを飲むことしばし、注文した「千本松牧場カレー」ができあがり。カウンターから席へと運び、いざひと口。
結論から言えば、このカレー、凄くおいしいんです。見た目は普通の観光地のカレーなのですが、味が深い。少し甘めかな?と思いきや後からしっかり来るスパイシーさ、そして余韻として残る甘味や深み。柔らかいお肉もごろっと入っており、米どころ栃木らしくご飯もおいしい。
このカレーには、この牧場で採れた牛乳で作られたヨーグルトと、やはりここで採れたにんにくを使っているそう。どこでも食べられるジンギスカンよりも地のものを。そう決断した自分を褒めてやりたい。
ここへ来てカレー?と思われそうですが、このカレーはここならではの味。お値段も800円と他のメニューに比べお手頃。これは自信を持っておすすめします。
予想外(失礼!?)に美味しいカレーに舌鼓を打ち、再び新緑に包まれる那須の自然へと歩き出します。向かうは那須疎水、日本三大疎水のひとつに数えられる用水路です。
雨量や河川の少ない土地を潤した安積疎水、京都の近代化に貢献した琵琶湖疏水に肩を並べる那須疎水。僕も子供の頃に授業で習ったのを覚えていますが、広大な扇状地の広がる那須野ヶ原は地表を流れる水もなく人も住めないような荒地だったそう。
今のように牧畜や果樹、お米に野菜と、農産物の宝庫であるこの地からは想像もつかない姿。荒地をここまで豊かな農地へと変化させた原動力こそが、明治時代に造られたこの那須疎水なのです。
100年以上を経て今もなお、緑豊かな那須の地を潤し続ける疎水。鮮やかな新緑に彩られた水路を流れる水量は豊富で、この水が血管のように末端まで行き渡り人々の生活を支えています。そのことを知ってか知らずか、トンボは飛び立つことをせずただただ流れを眺めるのみ。
雲間から顔を覗かせた初夏の陽射しに火照ったところで、再び牧場へと戻ります。牧場といえばもうこれしかない。ジンギス館の隣にあるパーラーまきばで「千本松ミルクソフト」を買い、表のベンチに腰掛けます。
ここのソフトクリームは、牛乳をそのまま冷やしました、といったシンプルでさらりと食べやすいもの。バニラの風味や甘味が無駄に濃くないので、牛乳の存在感をそのまま味わえます。
新緑の鮮やかで柔らかい緑を愛でながら味わうソフトクリーム。濃厚なものも美味しいですが、この飾り気のない自然な優しさ漂う風味がまた格別。景色や肌を撫でる高原の空気と共に、体の芯へとすっと沁みていきます。
名付けてメーメーランド、その名の通りヤギが飼われています。最初に通った時はお昼寝タイムでしたが、ソフトを舐めつつ近寄ってみると、木の橋の上を元気に行ったり来たりしています。
ヤギかわいい~、なんて見ていると近づいてくる人懐っこいヤギが。なんだかめっちゃカワイイんですけど。
ずんずん近づいてくる、かわいい白ヤギさん。すると慣れた様子で柵の隙間から頭を出し、地面に生えた草を食べ始めました。おぉ、目的はそれだったか。無防備に草を食む姿から目が離せません。
馬牛山羊と、カレーにソフト。新緑や疎水まで楽しめ、大満足の千本松牧場。カップルや家族連れのイメージが強い牧場ですが、意外や意外、思い切り満喫してしまいました。「ひとり牧場」、意外と楽しいもんですよ!
コメント