美しい彫刻の施された八幡八幡宮に別れを告げ、そろそろ高崎駅へと戻ることに。行きに乗車した循環バスぐるりんはしばらく時間が空くため、歩いて10分ほどに位置する群馬八幡駅から信越本線に乗車します。
群馬八幡駅から揺られること7分、再び高崎駅に到着。夕食まではまだ少し時間があるので、駅ビルでお土産の目星を付けてから高崎市役所へと向かいます。
ここ高崎市役所は市内で一番高いビル。その21階には展望ロビーが設けられ、8時半から22時までは無料でその眺望を楽しむことができます。
窓辺に立てば、上州の雄大な景色を一望のもとに。どことなく寂しげな色を浮かべる夕刻の空。その柔らかくも儚い青さに、黒々と身を横たえる榛名の山並み。
今日という日の終わりが近づき、夜の気配が忍び寄る。刻一刻と移ろう空に抱かれた街には灯りが瞬きだし、その輝きを見守るかのように優美な裾野を広げる赤城山。
西へと向かえば、太陽の名残りを宿す空。妙義山はその微かな熱量を背負うかのようにして独特な山容を黒々と浮かべ、すぐそばには暮れゆく空を静かに見守る白銀の浅間山。
なんだろう、ものすごく胸に来る。夕刻とともに終盤を迎える旅の淋しさ、今日最後の力強い稜線を魅せてくれた上州の山並み。それらが重なったことは違いない。でもきっと僕は今、これまでにはない感情を群馬に抱き始めているのかもしれない。
なんだか群馬、いいところだな。この3日間を通して深まりゆくそんな想いを、高崎駅のすぐ前に位置する『和ダイニングだんべ。』で独り静かに締めくくることに。
約5年ぶり、3度目となるこちらのお店。おいしいことはもう分かっているので、安心してメニューを眺めることができます。
冷たいビール片手に食べたいものを絞り込み、まずは銀光のお造りを注文。さすがは群馬県の誇るブランドニジマス、何度食べても間違いのない旨さ。余分な脂や臭みがなく、締まった身にしっかりと宿る鱒ならではの品の良い滋味深さ。すかさず上州の地酒を頼みます。
続いては、揚げたて熱々の下仁田ねぎの天ぷらを。塩をちょんと付けてひと口。その瞬間、ずるりとほどける太いねぎから溢れ出すとろっとろの甘味旨味と豊かな香り。
衣をつけて封じ込め、高温で一気に火を通す天ぷら。この調理法がよりこの食材の良さを引き出してくれている。シンプルながら最高の贅沢ともいえる豊潤な旨さに、思わず「甘っ!熱っ!旨っ!」と声が出てしまいます。
カウンターで独り言をつぶやきながら飲んでたら不審者だよな。そう思い一旦クールダウンさせようと、箸休めとして春菊のナムルを注文。
ところがこれがまた、抜群に旨い。地元高崎産の採れたてを使用しているそうで、僕の知っている春菊とは全くの別物。硬さやゴワゴワ感は全くなく、しなやかな葉やしゃっきりとした茎から漂う上品な芳香。それを邪魔しない塩ベースの味付けがまた、上州の地酒に合ってしまう。
そういえばここでまだ焼き物を食べたことがなかったと思い出し、串焼きを2本注文。大ぶりの群馬豚のハツは、しっかりとした弾力と詰まった旨味が印象的。赤城鶏のモモは適度に柔らかく、塩で引き立つ鶏の旨味がお酒を誘います。
どれを食べても何を飲んでもおいしいので、ついつい色々と頼みたくなってしまう。でも残念、お腹も時間もそろそろ良き頃に。ということで〆にと頼んだのは、その名も群馬の美味しい味噌ピザ。前回食べて心を射抜かれた逸品です。
薄いピザ生地に味噌をぬってチーズをのせて焼き、小ねぎを散らしただけというシンプルさ。ですが一口食べてみると、発酵食品の魅力が味覚を直撃。味噌とチーズの相性の良さを、決して侮ってはいけません。
コク深さと旨味を宿す味噌、程よい油分と乳製品の存在感を与えてくれるチーズ。そこへちょっとしたねぎの香りが加われば、それらの相乗効果でおちょこを傾ける手が止まらなくなってしまう。
先にお土産買っておいて正解だった。味噌ピザの誘惑には勝てず、駆け込みで地酒をもう一杯だけおかわり。お店を出たのは発車の7分前と、結局ギリギリまで群馬の味と酒を大満喫してしまいました。
それでも十分電車に間に合ってしまうという、立地の良さ。今回初めて半日を掛けて歩き、その魅力に触れることのできた高崎。急ぐように離れてしまうのも少し寂しく、もう一度振り返り夜の輝きに再訪の願いを託します。
とはいえ僕の住む街まで乗り換え1回、来ようと思えばすぐ来ることのできる場所。それを実現した湘南新宿ラインに乗車し、夜の関東平野を南下します。
新幹線でもなければ、特別急行でもない。そんなゆるやかな帰路を彩る、赤城山純米酒。最後の上州の酒をちびりと味わい、ぼんやり眺める夜の車窓。その漆黒にこの旅の記憶を投影し、それを想い出へと変えてゆくだけ。
ふと思い立ち、誘われるかのように決めた年末のご褒美旅。今年最後の締めくくり、その目的地が群馬でよかった。
これまでなぜか泊りがけで訪れることの少なかった群馬。今回こうしてしっかり旅してみて感じたこと、それはやはり現地で見て感じて味わってみなければ分からない魅力があるということ。
旅することの叶わなかった去年からは一変し、これまでで一番旅に出られた2022年。休みを取るハードルの高さや知ってしまった連泊の誘惑により、これまではお気に入りの旅先、お気に入りの宿に向かうことが多かった。でも今年は、まだ知らぬ旅先にたくさん出会うことができた。
同じ地を繰り返し噛みしめることも旅の良さならば、未知なる土地との出会いもまた旅の醍醐味。そのことに今一度気づくことのできた今年の集大成が、今回の旅だった気がする。
近いから。いつでも行けるから。今は他に気になる旅先があるから。そうしてついつい縁遠くなっていた群馬。でもこの旅で、さまざまな未知と出逢うことができた。灯台下暗し。〆のご褒美旅で改めてその言葉の意味を思い知り、旅の悦びの深みに一層落ちてゆく。
僕はこれまで、群馬の魅力に気づけていなかったのかもしれない。いや、知ろうとしていなかっただけなんだ。旅は実体験を伴うからこそ。そこで得た経験が、自分の人生を豊かにしてくれる。そのことを胸へと刻み、新たに知った群馬の魅力に満たされ2022年の旅納めは幕を閉じるのでした。
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