窓の明るさに起こされ外を見てみれば、そこに広がるのは水墨画のような朝。山峡に揺蕩う霧の幻想的な姿に、自分がいま関東に居るということを忘れてしまう。
この日最初のお湯にと選んだのは、川沿いに建てられた飛龍。テラスの先には、さらさらと流れる木の根沢。その音を聴きながら木の香漂う湯船に静かに浸かれば、身も心も雪の白さに漂白されてゆくよう。
朝風呂で山の空気を取り込み、心もお腹も空っぽになったところでお待ちかねの朝食の時間。食卓にはおいしそうなおかずが並びます。
脂の乗った鮭は香ばしく焼かれ、分厚い玉子焼きはほんのり甘いしみじみとしたおいしさ。ぜんまいの煮物も上品な味わいで、これぞ和の朝食といった王道のおかずにご飯がどんどん進みます。
おいしい朝ごはんをたっぷりと味わい、部屋へと戻り禁断の二度寝。落ちるか落ちないか。その狭間を揺れ動く甘美な時間は、連泊だからこそ味わえる魅惑の贅沢。
そんな怠惰な時間をのんびり過ごし、気が向いたら再び湯屋へ。木の根沢に一番近いところに設えられた音龍へと向かいます。
川を渡る冷涼な空気、耳へと届く沢の音。湯の温もりに抱かれつつそれらを愛でるひとときに、やはり冬の露天は良いものだとしみじみ情緒を噛みしめる。
湯めぐりを愉しんでいると、あっという間にお昼の時間。朝食時にお願いすれば、昼食におそばを用意してくれます。
きのこと山菜が選べましたが、今回はきのこそばを注文。たっぷり載せられたきのこの食感、ほんのり甘いおだしの優しい味わい。お風呂で空っぽになったお腹に、温かいおいしさがじんわりと沁みてゆきます。
おいしいおそばで満たされ、お腹も落ち着いたところで再びお湯へ。本館に位置する石龍へと向かいます。
大きな石をくり抜いて作られたお風呂に満たされる、湯の小屋の肌あたりの良いさらりとした源泉。石と湯の肌触りを感じつつ聴く、木の根沢の心地よい声。あぁ、明日も明後日もこんな日が続いてくれたら。思わずそんな贅沢な想いが芽生えてしまう。
そして部屋へと戻れば、こいつをプシュッと。今年も残すところあと10日。そんな年の瀬迫ったタイミングで旅に出たのは、もしかしたら初めてかもしれない。ここで過ごす時間の全てが、一年頑張った僕へのご褒美。
何だかんだで、今年も一年無事に終えられそう。本厄を何事もなく過ごせたというちょっとした安堵と、一年の早さをしみじみと噛みしめる午後の時間。ビールの余韻に浸りのんべんだらりと過ごしていると、急に輝きだす白い山。
太陽が顔を出したのかな。そう思い窓へと駆けよれば、雪化粧をした山を跨ぐように輝く虹が。あぁ、幸せだな。責任も増え日常では手放しでそう思える日はほとんどないけれど、旅先では素直にそう思える。
愉しい時間というものは、本当にあっという間に過ぎゆくもの。すっかり日も暮れ、夕食前にもうひと風呂愉しむことに。夜闇に川音が響く音龍は、昼とはまた違った趣に。
この広い湯舟に、自分のためだけに掛け流される源泉。そのさらりとした優しい温もりに揺蕩い、川音を聴きながら夜闇を見つめる。
今日も一日、良い日だった。そして今年一年、良い年だった。年の瀬の夕刻に味わう贅沢なひとときに、何とも言えぬ悦びで心が満たされゆくのを感じるのでした。
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