東京八重洲を発ち、ビル群、海原、山あり谷あり。そんな凝縮された車窓に圧倒されること2時間足らず、この旅の目的地の最寄りである笹バス停に到着。奥の丁字路を左折し、今宵の宿へと向かいます。
これまで走ってきた久留里街道から一本入れば、鳥のさえずりのみが聞こえる静かな世界。秋の西日に照らされた田園を、まだ見ぬ地へと歩いてゆく。このワクワクは、初めての旅先でしか味わえない特別なもの。
長閑な道を進んでゆくと、真新しいグランピング施設の先にひっそりと佇む釣り堀が。その池畔には銀杏や紅葉が彩りを添え、秋の山里の情緒を一層掻き立てるよう。
先ほどの釣り堀のすぐ後ろにお世話になる宿がありますが、一旦通り過ぎまずはこの地のシンボルである亀山湖にごあいさつ。西日に輝く湖水と、その縁を成す色づきはじめの山。陰と陽のうつくしい対比は、隣県であることを忘れさせる静かな世界。
この亀山湖をつくるのが、千葉県で最初に建設されたという多目的ダムである亀山ダム。昭和56年3月に完成して以来、治水のほか周辺地域の水道の水源として働き続けています。
34.5mのダム堤体上より望む下流。堤高自体はそれほど高くはありませんが、両側に迫る山により体感は結構なもの。現在は本州一遅い紅葉の名所となっている亀山湖ですが、ダムに沈む前は見事な渓谷美が楽しめたことでしょう。
学年はいっこ上の同い年。そんな亀山ダムへのあいさつを終え、いよいよこの旅を動機づけた宿にチェックイン。湖畔のすぐそばに建つ『亀山温泉ホテル』に、これから2泊お世話になります。
昭和5年に開湯し、25年から旅館として宿泊客を受け入れてきた亀山鉱泉。それがダム湖に沈むこととなり、現在の高台に移転したのは昭和50年のことだそう。
館内はリニューアルされた部分と当時の空気感が混在し、昭和末期生まれの僕にとっては何となく懐かしく感じる心地よい空間。様々なタイプの中から選んだ和室も、洗面所やトイレがきれいにリフォームされ快適に過ごせます。
先ほど堤体上からも見えた通り、本当に湖畔ギリギリに建つこの宿。荷物を下ろしベランダへと駆けよれば、ダムと湖水を一度に望む絶好の亀山ビュー。
上流側へと振り返れば、穏やかな湖面を囲む山。その色合いには秋の装いをほんのり匂わせ、それを照らす西日が夕刻の情景というものを一層味わい深くしてくれる。
想像以上のロケーションに高揚しつつも、早速着替えて温泉へ。大小の湯船には、チョコレート色と称される濃厚な黒湯が満たされています。これが自噴だというからまた驚き。移転時に掘削した井戸から、絶えず源泉が溢れ続けているそう。
まずは加温循環の大きな湯船へ。東京周辺で掘削温泉といえばの、馴染みある黒湯。どれどれと興味津々で浸かってみると、これまで入ってきたものとは段違いの心地よさに驚き。
いや、東京近郊の黒湯もとっても良いんですよ。でもここのお湯は、包み込まれ染み入るような力は感じるのに、嫌な圧がない。それは穏やかな香りのためか、それとも塩分濃度が丁度良いからなのか。いずれにせよ、肩まで浸かればすっとお湯の中へと自分が溶けゆくような心地よさ。
温かい浴槽で芯まで温まった後は、小さな浴槽へ。27℃の源泉が掛け流されているため、結構な冷たさ。足先からゆっくりと入り、少しずつ慣らして静かに肩まで。しばらくじっとしていれば先ほどまでの冷たさはどこへやら、独特の浮遊感ある浴感に満たされます。
ちょっとこれは、感動もの。今まで知っていたつもりの黒湯でも、これほどまでに表情が違うものか。アルカリ性のつるんつるんの肌触りと、爽快感溢れる温冷交互浴。その個性豊かなお湯と戯れ、気づけば長い間湯浴みを愉しんでいました。
つるんとさっぱりの湯上り肌に、湖畔の風を浴びつつ味わう冷たいビール。バス停からの徒歩も含めて、東京八重洲から2時間ちょっと。そうとは思えぬ山峡の情景に抱かれ、房総の懐の深さにただただ心酔するのでした。
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