石垣島で迎える静かな朝。そうか、今日はもう旅の折り返し地点か。八重山旅最長の10日間という贅沢な日程を組んでおきながら、こんなことを思ってしまう強欲な自分が怖い。
今日もいい天気になりそうだ。ベランダから見える空模様にそんな予感を抱きつつ、今朝も愉しみな朝食を。海鮮丼、カレーとくれば、もう次はこれしかないでしょう。熱々のご飯にきざみ海苔を散らし、石垣牛のローストビーフを敷き詰め最後に温玉どんっ!わさび醬油を回しかけ、お肉でご飯を包み大口で頬張るこの至福。
ご飯の熱でほどよく緩んだ脂は、口へと入れればすっと溶けてゆく。それと同時に広がる、石垣牛の上品かつ豊潤な味わい。わさび醬油が赤身の旨味と脂の甘味を引き立て、丼にしなければ味わえない幸せというものが詰まっている。
くどいようだが、毎朝この内容できちんと採算とれているのかと心配になる。ただ、石垣牛が食べられればいいわけではない。お店で食べるのと変わらぬ肉質で、それがきちんとおいしく調理されているというのが本当にすごい。まったくもって、宿の名に偽りなし、だな。
朝からローストビーフ丼という贅沢に満たされ、結局今朝も大満腹。このあと早めの昼食だと分かっていても、あのおいしさには抗えなかった。
部屋へと戻りお腹を落ち着け、良き時間になったところで離島ターミナルへ。今日も『安栄観光』で竹富島へと渡ります。
うみかじに揺られることあっという間の15分、竹富島に到着。今日は一体どんなあおさを魅せてくれるのだろう。そう期待しつつ、まずは集落目指して歩きます。
青い空に夏雲と、今日も絶好調の八重山の漲り。もう充分に灼かれた肌を、容赦なく刺す日射。少しばかりこころ折れつつ港からの坂を登ると、4日前は休んでいたヤギがお出迎え。
竹富島上陸の恒例となったヤギへのご挨拶を終え、集落へ。入口のスンマシャーを越え足を踏み入れれば、一瞬にして変わる空気感。鮮烈さという力に守られた、琉球時代の面影を残す集落。何度味わってもまた帰ってきたいと思わせてくれる、唯一無二の場所。
独特の情緒に包まれた集落を歩いてゆくと、珊瑚の黒々とした石垣に目立つ黄色い実。見慣れた緑のゴーヤは完熟するとこんなに鮮やかな黄色に染まり、真っ赤になった種は苦いどころか甘いゼリー状の果肉で覆われるそう。
写真では見たことはあるけれど、実際目にすると思った以上に真っ黄色。本来のゴーヤの姿に新たな発見を噛みしめていると、石垣の角からひょっこりと顔を出すかわいい水牛が。
三線の音色にのせた島唄に導かれるように、普段歩かない道へ。するとたどり着いた、竹富観光センター。竹富島の水牛車は以前は2社で運行していましたが、現在ではこの1社のみ。出番を待つのか、それとも終わったのか。パラソルの下でミストに当たり、のんびり涼む水牛さん。
いつもとは違う道でまた新たな竹富の表情に出逢い、港から20分ほどで『そば処竹乃子』に到着。早めの時間についてもいつも順番待ちがありましたが、今日はなんと待ち時間なし。思いがけない展開に、もう少し朝ごはんを少なめにすればよかったとなんちゃら先に立たず。
うぅ、じゅーしーも食べるつもりだったんだけどなぁ。と思いつつ、八重山そばを注文。ほどなくして、よい香りを漂わせ丼が運ばれてきます。やっぱり、八重山に帰ってきたら一度は逢わねば。1年ぶりの再会の歓びを噛みしめつつ、まずは澄んだおつゆから。
そうだよ、これなんだよ。しっかりと込められた、だしの旨味。ですがいずれかの素材が突出するということはなく、なんともやさしい円味のある味わい。胃へとたどり着く前に、身体の深部へと吸収されてゆく。この穏やかなおいしさは、毎度のことながらこころに沁みる。
ひと通り落ち着くまでおだしを味わったら、続いて麺を。こちらは平麺を使用しており、丸麺と比べスープが絡みやすい印象。尖りのない滋味深いだしを適量口へと連れてきてくれ、それでいて八重山そばならではのわしわしとした食べごたえもあり。
そのままを愉しんだら、このお店オリジナルのピィヤーシを振り入れて。八重山そばには欠かせない島胡椒ですが、初めて出逢ったのがこのお店。これを入れるのと入れないのでは大違い、一気に南国八重山の香りが花開く。
しっかりと煮しめられた甘辛い豚肉、しゃきしゃきとした細もやし。おだやかなおつゆにいいアクセントを与える具材を挟みつつ、最後に決め手のコーレーグース。これを入れてこそ、八重山そばが完成するのだと僕は信じて疑わない。
それまでどこまでも優しい表情であったのが一変し、ふわっと香る泡盛の芳香と島唐辛子の潔い辛味。その一撃が食欲中枢をさらに刺激し、啜る手はもう誰にも止められない。
生まれて初めて本場の沖縄、そして八重山の味に出逢った想い出のお店、竹乃子。その思い入れのある味との再会を果たし、再び歩みはじめる灼熱の道。竹乃子から汗を垂らしつつ歩くこと15分、こちらも僕の人生観を変えてくれたコンドイビーチに到着。
それにしても、今日も溢れんばかりののあおさに輝いている。夏空に立ちのぼる白い雲、負けじと全力の碧さに染まる海。小浜も西表も嘉弥真も蒼く横たわり、足元には目を開けていられないほどに輝く白い砂。
このあおさに逢えれば、もうそれだけでいい。このあおさがあるから、僕はまた来年へと進んでゆける。夏というものを具現化したかのような、現実感など奪い去ってしまう地上の楽園。この八重山のあおさを、今はこころゆくまで存分に浴びていたい。
今年のコンドイビーチは、紛れもなく全力だった。毎年毎年別れ際は寂しくなるけれど、今年はそんなことを考えてしまってはもったいないと思えるほど染め上げられた。よし、また来よう。2025年のあおさを胸へと灼きつけ、再訪を固く固く誓いしばしの別れを告げることに。
あぁ、いい時間を過ごさせてもらったな。これ以上ないほどに、肌にこころに刻まれた竹富での夏。そんな充実感に包まれつつ歩く、帰り道。じりじりとした陽射しからいったん退避しようと、木陰のある西桟橋へと寄ることに。
かつて、耕作のためにここから西表島へと渡っていったという西桟橋。もうすぐ100歳を迎える古老の上に佇み、海風に吹かれ眺める海岸線。次の百年も、この島がうつくしいままでありますように。
人生初の沖縄が、石垣のさらに先の竹富島。あの鮮烈な感動が、今の僕を創ってくれたといっても過言ではない。あのときは果てしなく遠く感じたこの島へ、こうして毎年帰ってこられるようになるとは。あのときは想像もしなかった、いや、できなかった未来を今、自分は生きている。
あのとき感じた直感、そしてその旅を経て得ることのできた確かな手ごたえ。それらは訪れるごとに僕のなかで比重を増してゆき、八重山はもう自分にとって無くてはならない存在になっている。
そんなきっかけをくれ、そして毎年生きる力を授けてくれる竹富島。今年も本当に、ありがとうございました。また来年逢える日まで、このあおさをひとつも零さず胸に大切にしまって暮らしていこう。
そして迎えた、僕にとって特別な島との別れのとき。例年は少しばかりの感傷も抱くが、これだけ肌にこころにその記憶を刻めば思い残すこともない。絶対にまた、帰ってきます。そんな清々しさにも似た想いを胸に、『安栄観光』のうみかじに乗り込みます。
想いの詰まった竹富島に別れを告げ、帰ってきた石垣島。今日もやっぱり、海や太陽と戯れすぎた。火照った身体とこころを鎮めるべく、離島ターミナル内の『七人本舗』でマリヤソフトを買うことに。
これまで泡盛シェイクは飲んだことがありますが、ソフトクリームは初めて。その色味のとおり、ひんやりとした中にしっかりと凝縮されたミルク感。心地よい濃厚さはありつつも、僕の苦手な「乳臭さ」がまったくない。石垣牛もそうだが、この地で育まれると牛は乳臭くならないのかもしれないな。
おいしいソフトクリームを食べつつホテルに戻り、シャワーを浴びて小休止。日焼け疲れをうたた寝で落ち着かせ、今宵の宴の場へと向かうことに。実は今日は僕の誕生日。予約していた『島唄三線ライブ居酒屋結風』で、沖縄の調べに染まります。
ライブが始まる前に、まずは腹ごしらえ。それにしても、今日もやっぱり焦げすぎた。竹富の夏の余韻がまだ体にいるため、さっぱりと島豆腐の冷奴から始めます。冷たいオリオンからの、濃密な島豆腐。その清涼が、体の芯へと沁みてゆく。
続いては、こちらもさっぱりとしたミミガーを。ゴマとポン酢が選べますが、今日はポン酢で。軟骨はこりこり、皮はぷるもち。クセはまったくなく、脂っ気のない冷しゃぶのような味わい。この旨さを知って以来、もうすっかり大好物に。
旨いつまみに早速泡盛ボトルに切り替え、タコの唐揚げも追加。しっかりと味の付いた、カリッと香ばしい衣。その中には、適度な弾力に旨味の詰まったたこ。レモンをきゅっと絞れば、いくらでも泡盛が進んでしまう。
続いて注文したのは、沖縄のお好みやきともいわれるヒラヤーチ。薄く焼かれた生地にはニラがたっぷり入っており、チヂミに近いもっちりとした食感。ソースやマヨ、鰹節の塩梅もよく、結構なボリュームながらぺろっと食べられてしまう旨さ。
どのお料理もおいしいので、さらに軟骨ソーキの唐揚げも注文。とろとろもっちもちに煮込まれた軟骨ソーキに衣をまとわせ、おろしポン酢でさっぱりと。その魅惑の食感に、思わず笑みがこぼれてくる。
そしてついに始まった、島唄ライブ。三線の音色に載せて胸へと届く、生の島唄。目の前で奏でられる沖縄の調べに、何故だか涙が零れそうになる。そして後半は、地元出身のビギンが考案したという一五一会に持ち替え生唄を。その音は胸の深い部分へとすっと沁み、本当に良い夜だと掛け値なしにそう思える。
最後はみんなでカチャーシー。豊年音頭の一節も聴け、もう大満足。お腹もこころもいっぱいになり、ほろ酔い気分で歩く夜の石垣の街。良い44歳の迎え方だったな。特別な島と生唄に満たされ、素直にそう思うのでした。
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