あがたの森公園で大正時代の建築美に触れ、そろそろ駅方面へと戻る時間。住宅街をのんびりと歩き、ちょうど中間地点に位置する深志神社に立ち寄ることに。

680年以上前、室町時代の創建以来この地をを見守りつづけてきた深志神社。極彩色に彩られた荘厳な社殿で、こうして何度もこの街へと戻ってこられることのお礼を伝えます。

拝殿の奥には、こちらも極彩色の施された本殿が。もともとは諏訪明神を祀った宮村宮が創建され、その後天満宮が遷され並び祀られるようになったそう。そのような成り立ちから、本殿がふたつ並ぶという珍しい形がとられています。

のんびり境内を歩いていると、遠くからなにやら視線が。気になり近づいてみれば、注連縄に守られた木彫りの牛が。天神さまといえばの牛ですが、石像ではなく木像を見るのは初めてかも。120年以上もの歳月の刻まれた木の風合いと、なんとも柔和な表情が印象的。

深志城と呼ばれた松本城が建つ前からこの地を護り続けてきた神社へのご挨拶を終え、西参道から駅方面へ。明治時代に奉納された石鳥居の脇には、ちょっとした曲線の意匠が目を引く渋い建物が。

さらに参道を進んでゆくと、これまた年代を感じさせる建物が。薬屋さんの渋い佇まいも目を引きますが、その横に連なる鉄板焼きのお店もまた趣深い。

今回も、本当に豊かな表情に触れることができた。歩いていて楽しい松本の街を満喫し、駅ビルでお土産をあれこれ購入。準備万端、あとは帰るだけの状態にしたところで、駅のすぐ近くに位置する『和利館』でこの旅最後の信州の味覚を味わうことに。

それにしても、今日も一日よく歩いた。乾いた喉を冷たい生でぐいっと潤しつつ、メニューとにらめっこ。特急までの時間はたっぷり。ゆっくり腰を据えて飲んでやろうと、まず頼んだこの2品。
この地に来たら、やっぱり食べたい信州サーモン。お刺身と悩みましたが、本日のおすすめに書かれていた信州サーモンと野沢菜わさび和えを。もうね、これしょっぱなから吞兵衛殺し。
脂のりがよく味わいの濃いサーモン、しゃきっとした食感と発酵食品ならではの旨味を添える野沢菜。それを爽やかなわさび醤油がまとめ、これだけで何合も飲めてしまう。
そしてやっぱり、信州での一献には欠かせない蜂の子。佃煮とはいいつつ味付けは善き塩梅で、蜂の子自身のもつコクや香ばしさ、深みが大雪渓をもっともっとと煽ってくる。

続いても、信濃といえばの馬を。馬スジは温かい煮込みもありましたが、今回は初体験となる冷製のからし酢味噌で。
どれどれと、興味深くひと口。こりっとした心地よい食感の後、口内の温度で溶けてゆく。そのコラーゲン質がすこぶる旨く、しかし牛のような乳臭さはなく。からし酢味噌がまた秀逸で、無駄な甘ったるさのないこく旨味噌にどんどん箸が進んでしまう。

うわぁ、やっぱり馬は旨いぞ!とテンションが上がってしまい、もう一品お馬さんで攻めることに。その名も馬あわびフライ。なんだそれと思いつつ食べてみれば、その名の由来が解るような強烈な食感。
馬あわび、馬タケノコと呼ばれるこの部位は、心臓肺動脈なのだそう。分厚い血管はどこを探してもクセなどなく、噛めばじゃっきじゃきのコリッコリな歯ごたえ。この至極の歯触りは、一度知ってしまうと忘れられそうにない。

こりゃ、まいったまいった。期待以上の絶品ぞろいに、ついつい信州の酒を追加しすぎた。思ったよりもじっくり飲んでしまい、慌てて〆にと仕上げそばを注文。
待つことしばし、運ばれてきた艶やかなせいろそば。市内産のそば粉と県産のつなぎを使った手打ちのそばは、しっかりとこしがあり風味も甘味も感じる旨さ。毎度のことながら、信州のそばには驚かされる。

このお店は危険だな。今回注文したのは氷山の一角。まだまだ吞助には堪えられないつまみがたくさんあったので、これはまた再訪せねばだな。そんな松本へと舞い戻ってくる最高の口実を手に入れ、上機嫌で夜の松本駅へと吸い込まれます。

今回も、本当に濃く深い旅だった。東北や八重山と並び、僕にとってなくてはならない地、信州。その県土はあまりに広大で、訪れるごとに新たな感動をもたらしてくれる。
10年ぶりとなる白骨の湯に心ゆくまで染められ、鯉や馬、味噌にそばと信州の味に存分に満たされ。歴史深い城下松本には戦国から現代に至るまでの様々な年代の記憶が散りばめられ、改めてその懐の深さに心酔し。
こんな素敵な地が、僕の住む街と一本の鉄路でつながっている。よしまた来よう、特別急行で愛する信濃へ。逢瀬を重ねるごとに、深まりつづけるこの気持ち。日常の先には、いつでも信州が待ってくれている。そんな温かい実感を胸へとしまい、僕とこの地とを結ぶあずさ号へと乗り込むのでした。




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