熊の湯で迎える最後の朝。山稜の先には薄っすらと茜がさし、今日の晴天を約束してくれているかのよう。高原の朝の冷気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい心持ちで朝風呂へと向かいます。
愉しい時間は本当にあっという間。この旅最後の朝風呂で硫黄分を存分に体にまとわせ、朝食会場へと向かいます。今朝は宿泊客が多いからか、昨日までとは変わってバイキング形式に。ずらりと並ぶおかずから、好みのものを選びます。
今日の滑りへの熱気に賑わう中で食べる朝ごはん。小さい旅館ならば静かな方が好きだけど、大きなホテルはやっぱり活気がある方がいい。旅することもままならなかった今年の中で、観光の元気な一面に触れられ少しだけホッとします。
いそいそとゲレンデに向かう人々を見送り、この旅最後の一浴へ。滞在中何度も戯れた翡翠の湯に別れを告げ、名残惜しくもチェックアウト。バスを待つ間にとホテルの裏手へ回ってみれば、オープンに向け薄っすらと雪化粧を纏った熊の湯スキー場。
ずっと、ずっと来たいと願っていた熊の湯。その特徴的な色とシルキーな浴感は、何度でも入りたいと思わせてくれるいいお湯だった。
そんなお湯を一層味わい深いものとしてくれるのは、湯治場の風情を漂わせる木造の渋い湯屋。近代的なホテルであっても、古くからのいで湯の歴史を感じさせるよう。
3泊の間思いきり吸収した硫黄の余韻に浸っていると、『長電バス』の志賀高原山の駅行きが到着。終点で乗り換え、湯田中駅を目指します。ちなみに、山の駅で降りる際に湯田中まで行く旨を伝えれば、直通便と同じ通し運賃で精算してもらえます。
帰路も相変わらず車窓を彩る高原の爽快な景色。池や白樺を見送り志賀高原の終わりに浸っていると、突然視界を染めるこの眺め。雪を頂く山並みが、秋空の下輝くように連なります。
山を駆け下りるバスに揺られること40分、湯田中駅に到着。何度見ても味わい深い佇まいの駅舎に別れを告げ、『長野電鉄』へと乗車します。
帰りも僕を乗せてくれるのは、大切な旧友、ゆけむり号。古くなると、錆で塗装が浮いたり剥がれたりしがちな鋼鉄製車体。ですが、いつ乗ってもきれいな状態に保たれている姿に、長電の愛を感じずにはいられません。
程なくしてゆけむり号は湯田中駅を出発。カタン、コトン、と連接車特有のリズムを刻みつつ、急カーブ、急勾配の連続を進みます。展望席もさることながら、側面の窓の大きさも特長であるHiSE。箱根路では富士山を映していた車窓も、今は信州の美しい山並みと赤いりんごを一面に広げています。
今苦境に立たされている、全国各地の鉄道。そんな状況の中頑張って走っている長電を応援したいと、車掌さんから100周年記念缶の八幡屋礒五郎七味を購入。蓋にはゆけむり号が誇らしく描かれ、本当に良いところに再就職したものだと僕の方まで嬉しくなってしまう。
30年以上の付きあいとなる大事な旧友との逢瀬も束の間に、20分ちょっとで小布施駅に到着。ここで一旦下車し、小布施の街を散策することに。
何度触れても、現役当時の輝きを感じさせてくれる元HiSE。今度はいつ逢えるだろうか。そう考えると、走り去るその雄姿すら切なさを帯びてしまう。
幼少の頃から、僕の想いを支えてくれた特別な車両。場所を変えてもこうして元気に活躍する姿に勇気をもらい、小さくなりゆく姿に僕からもエールを送ります。
ゆけむり号が走り去り、静けさの訪れた小さなホーム。年季を感じさせる木造の上屋の先には、秋晴れに並ぶ北信五岳。
数年に一度、無性に長野を訪れたくなる時がある。それは土地や味、善光寺さんが好きだということもあるけれど、きっと旧友に逢いたいからなのかもしれない。何となくちょっとしぼんだときに、元気をくれるHiSE。長電でも大切にされ続けている姿に、今回も力をもらうのでした。
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