新島々からバスを乗り継ぎ山を分け入ること1時間ちょっと、終点の泡の湯に到着。ちなみに白骨温泉はアップダウンのある道を1㎞以上隔ててふたつのエリアに分かれているため、最寄りのバス停は要確認。
バス停から坂道をのぼることものの30秒、これから2泊お世話になる『かつらの湯丸永旅館』に到着。宿に入ろうと近づいてゆくと、かわいい白いわんこがお出迎え。手を近づけるとくんくんを匂いを確かめ、おとなしくなでさせてくれました。
だいちゃん以来のお犬の感触にほくほくしつつチェックイン。スリッパの要らぬ畳敷きの館内を進み、自室へと向かいます。
それにしても、本当に涼しい。松本でも感じましたが、白骨まで来ると肌寒さを感じるほど。部屋にエアコンが付いていないところを見ると、ここは夏でもカラッとしているんだろうな。
今年の夏「は」、いや「も」か。本当に暑すぎた。連日の猛暑で煮えてしまった心身にうれしい涼やかさを受け取りつつ、浴衣に着替えさっそく浴場へ。10年ぶりとなるこのお宿。あの個性的な浴槽が待っていると思いつつ扉を開けてみてびっくり、すっかりきれいに改装されています。
とはいっても、お湯の良さはもちろん健在。巨大な露天風呂で有名なお隣泡の湯と同じ新泡の湯源泉が、惜しげもなく滔々とかけ流し。飲泉可の文字に誘われ含んでみれば、苦みや渋みを感じるほんのり卵味。
山のいで湯というものを体現したかのような香りと味を胸いっぱい吸い込み、扉の先にある混浴の露天風呂へ。信州の爽やかな空気に抱かれつつ肩まで浸かれば、全身を包むまろやかな浴感。湯面からは絶えず硫黄の香がたちのぼり、思わず深呼吸したくなる。
この露天も泡の湯と同じで、体感40℃を切るかなりのぬるめ。ですがじっくりと肩まで沈んでいれば、じわじわと体の芯へと浸透してゆくような湯力を感じる。シルキーでまろやかな浴感ながら、過度の長湯は禁物と本能で感じるような成分の濃さ。
それもそのはず、この宿のすぐ隣には国の天然記念物である噴湯丘が。太古の昔、地中からあふれ出る白骨の湯の成分が固まりできた石灰岩の塊。それほどまでに、この地に湧く湯には濃厚な成分が含まれているという証。
ぬるい露天でじっくり湯と戯れ、仕上げにほどよい温度の内湯で体を温め。そんな至福の湯浴みのゴールには、金色に輝く冷たいヱビス。一浴目にして浴衣の襟元から漂う硫黄の香りが、最高の滞在となることを約束してくれるよう。
のんびり湯上がりの余韻に浸っていると、もう夕食の時間に。食卓に着くと、テーブルいっぱいにおいしそうな品々が並んでいます。
さっそく信州の地酒を頼み、香りのよいうどのしょう油漬けやさっぱりとしたパプリカと切り干し大根のマリネから宴を開始。ふんわりと優しい豆腐の山芋焼きにつるしこの冷たいそばと、どれもおちょこを誘うものばかり。
信州といえばの馬刺しは、しっとりとした肉質に凝縮された赤身の旨味が堪らない。さっぱりとしたたれで食べる猪の陶板焼きは癖がなく、赤身の濃さと白身の甘味がしっかりと感じられる旨さ。
そしてなにより特筆すべきは、相変わらず絶品の鯉料理。こりっとした食感の鯉の洗いはまったく臭みがなく、白身なのにこんなに濃い味わいなのかと驚く滋味深さ。
つづいて飴色に輝く鯉の甘煮に箸をのばせば、舌から全身へと駆けめぐる衝撃。ほっくりと脂ののった身、濃厚なこくとちょっとした苦みが旨い内臓。凝縮感ある卵は旨味とともにほろほろとほぐれ、独特の食感となったうろこもまた至福の味わい。
十年前にも驚いたけれど、ここの鯉の旨さは別格だわ。そんな感動に地酒が止まらなくなっていると、焼きたて熱々の岩魚の塩焼きが。ふっくらジューシーな身に込められた、川魚ならではの上品な深い滋味。これまた山の宿へときたら食べたい味に出会え、思わず旨い旨いと独り言がもれてしまう。
前回の感動そのまま、最高のアテにあっという間になくなる信濃の酒。そんな至福の夕餉の〆にと味わうのは、ほかほかのご飯と鯉こく。味わい深い赤味噌、そこに漂う鯉の脂と旨味や香り。それらをほどよく香る山椒がぴりりと引き締め、白いご飯との相性は言わずもがな。
十年前の想い出そのままの味に満たされ、大満足で自室へと戻ります。これから先は、お湯とお酒に身をゆだねるのみ。そんな夜のお供にと開けるのは、松本は岩波酒造の岩波純米酒。きりりとした辛口に、ほどよい甘味や若干の渋みを感じる旨い酒。
本当に信州の酒はどれを飲んでもはずれがない。愛する地の恵みに心身の芯からほんわりと温められ、つづいて大地の力に染まりにゆくことに。前回訪れた時には入った記憶のなかった貸切風呂へ。フロントに札が置いてあれば予約不要でいつでも使えるのもありがたい。
扉を開ければ、思わずあふれ出る感嘆の声。築後それほど経っていないように見えますが、浴槽から床まですべてを覆う析出物は圧巻のひと言。現在は白骨温泉の名で通っていますが、以前は白船の呼称が。湯船をあっという間に白く染めてしまうことから、その名が付いたそう。
源泉が絶えず流れる床には、白骨の湯が造り上げた千枚田のような文様が。足つぼを刺激するような痛気持ちよさを感じつつ、人ひとりがすっぽりと嵌れる浴槽へ。
ここにかけ流されているのは、大浴場とは違う源泉である小梨の湯。加温の関係もあるのだろうが、こちらのほうがより強さを感じる浴感。香りも味も濃く、しばらく浸かればあっという間に滝のように汗が噴き出てくる。
これはもう、極上の2泊が確定した。異なる源泉の違いに感動を覚えつつ、その余韻に染まり続いての酒を開けることに。信州へときたら、やっぱり飲みたいワイン。安曇野のあずみアップルという会社が醸す、信州ソービニヨンブラン。白葡萄の華やかさとともにぶわっと広がる、ここちよい酸味やちょっとした渋みが印象的。
これは、淡水魚を食べたくなる旨さだな。地酒もそうだが、その土地の味に合わせてワインも造られるのだろう。そんな信州らしい清々しさをちびりと味わい、静けさに包まれる夜の浴場へ。
とぽとぽと、贅沢にも注がれる源泉。すくって味わえば、鼻へと抜けてゆく硫黄の芳香。肌にしっとりと吸い付く絹のようなにごり湯に、身体の外から中から満たされてゆく。
湧き出たときには透明でも、空気に触れて成分が変化し濁ってゆく。自然の織り成す化学式、その結晶が湯面にゆらゆらと漂う様をぼんやり見つめる。
やっぱり、白骨はいい。全身を包む柔らかな浴感、鼻をくすぐる善き香り。十年ぶりとなるこの白さに、こころゆくまでひとり静かに揺蕩うのでした。
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