10月中旬、残暑の東京駅。僕はこれから、2か月ぶりの東北へと旅に出る。いつも旅立ちを見守ってくれる赤レンガ駅舎の荘厳な姿に、思わずひとり悦びを噛みしめます。
半年ぶりに復活した、僕の連休。旅好きの僕にとって、休みを取らなくても2泊3日の旅行ができてしまう魅惑のサイクル。ようやくこのときが来た。待ちに待った瞬間に浮足立つ僕を、いつものE5系が迎えてくれます。
先々月にグランクラスに乗ったばかりなのに、こいつまたグリーン車に乗ってやがるよ。なんて思われそうですが、今回はかなりお得な選択。
普通車は5%引きのトクだ値しか空いてなかったのですが、試しにグリーン車を見てみると3割引きとなるお先にトクだ値の空席あり。差額を計算すると300円でおつりがくるお値打ち価格のため、今回も贅沢な旅立ちとなってしまいました。
重厚感あるグリーン車で金星をプシュッと開けると同時に、やまびこ号は音もなく発車。3時半起きの喉に刺さる冷たい刺激に頬を緩めていると、あっという間に荒川へと差し掛かり無事東京脱出。
埼玉入りしてまもなく黒ラベルを飲み干し、大宮を過ぎたところでお待ちかねの駅弁を開けることに。今回選んだのは、JR東日本クロスステーションが調製する、東北福興弁当。シリーズ第11弾と、かなり息の長い企画となりました。
久々に食べるこのシリーズ。わくわくしつつ蓋を開ければ、ぎっしりと込められた東北6県の豊かな味。まずは、左上の青森から。
郷土の味イカメンチは凝縮感がおいしく、りんごと玉葱のソースが香ばしさの中に程よい甘味をプラス。敷かれたキャベツ炒めの味付けには県産のニンニクを使用した塩麹が用いられ、シンプルな旨さがワンカップを誘います。
そのお隣は岩手。県産大豆の味噌を使用した鮭味噌漬け焼きは、ほっくりとした身に宿る間違いのない滋味深さ。北三陸産わかめ炒り煮は昆布よりもシャキシャキとした食感で、初めて食べましたが唸るおいしさ。
続いて右の山形へ。とび魚の出汁を使用したという炊き合わせは、素材の味を活かす上品な味付け。特に山形といえばの生芋玉こんにゃくは安定の味わいで、ぶりんとした心地よい食感と生芋の風味がこんにゃく好きにはたまらない。
中段の左側は宮城。焼き合鴨にはいちじくの甘煮が載せられ、肉の旨味と甘酸っぱさの好相性にお酒が進んでしまう。揚げかまぼこの遊里揚は、練り物ならではの食感や旨味を楽しめます。
そのお隣は福島牛のハンバーグ。ぎゅっと詰まったお肉の旨味もさることながら、合わせられたソースがまた美味。いわきのトマトと会津のヨーグルトを使用しているというソースは、以前食べたときよりもさらに一体感が増し進化したおいしさに。
さらにその右隣の秋田へ。とろとろの揚げなすにはハタハタの甘辛米麴和えが載せられ、油のコクと旨味の相乗効果で吞兵衛殺しの逸品に。名物いぶりがっこにはチーズ風味のポテサラが合わされ、この組み合わせで呑むなというほうが土台無理な話し。
東北各県自慢の味をつまみに愛宕の松を味わい、〆にご飯を。炊き込みご飯は北東北の合作。青森のさめ節や秋田の比内地鶏のスープで炊かれた茶飯はじんわりとした旨味が染み込み、岩手の佐助豚の脂の甘さがご飯をよりおいしくしてくれます。
左側の宮城産米の白いご飯は、冷めてももちもち甘旨。そんなおいしいご飯を引き立ててくれるのは、福島のきゅうりの味噌漬け。コクと旨味の詰まった漬物を齧ってご飯を頬張れば、日本人に生まれて良かったと素直に思えてくる。
愛する東北の地に思いを馳せつつ駅弁を味わっていると、やまびこ号は宇都宮に停車し多くの乗客が下車。車内に漂うちょっとばかりののんびりとした空気感に身を委ねていると、秋色の田園の先に連なる那須の山並みが。
那須に塩原、あの山懐にもいい湯が湧いていたな。そんな回想に耽っていると、ついに関東を抜け東北入り。田園風景の先には雄大な安達太良山が横たわり、あの地で出会えた湯と紅葉の記憶が甦る。
郡山を過ぎ安達太良山を見送ると、続いて吾妻小富士や立ちのぼる噴煙が目を引く吾妻連峰が。信夫高湯に白布高湯、福島と山形に跨り紡いだあの旅が懐かしい。
福島を発車しいくつかトンネルを抜け、宮城へと入れば姿を現す蔵王山。青根で味わった御殿湯や木造の湯宿の温もりにも、もう一度逢いに行かねばなるまい。
秋晴れの今日は、一段と東北の山々がうつくしく見えている。車窓に映る景色のあれこれに、これまでの旅先での記憶が積もってゆく。
そんな旅好き冥利に浸っていると、遠くには青黒く連なる船形連峰。これから僕は、この裏側へ行く。久しぶりの山形入りを目前に、もっとこの車窓を愛でていたいような、それでいて早く目的地へと着きたいような。
東京駅から秋色へと移ろう車窓を味わうこと2時間16分、やまびこ号は古川駅に到着。ここで陸羽東線に乗り換え、一路西を目指します。やって来たのは、陸羽東線用の塗色をまとった2両編成のキハ110。小学生の時に小海線で初めて出逢い、それ以来大好きで仕方のない車両。
この車両も活躍の場を減らしつつあり、いつまでこうして乗れるのだろうかと少しばかりしんみり。何年経っても色褪せることのない秀逸なデザインを眼にこころに灼きつけ、アイドリングの響く車内で待つことしばし。列車はエンジン音高らかに、鳴子温泉へと向け古川を発車。
車窓に流れる、刈り取りを終えた田んぼ。そのどことなくもの寂しげな情緒に華を添える、胸へと響くディーゼルの唸り。加速を終えれば、車内にこだまするのは鉄輪の刻む規則正しいリズムだけ。
カタンコトンカタン、カタンコトンカタン。繰り返されるリズムに揺蕩い、ぼんやりと身を任せる午後のローカル線。この時期にしたい列車旅を、いまこの瞬間できている。派手さはないがじんわりとこころに広がる倖せに、旅の序盤にして早くも豊かな旅情を噛みしめるのでした。
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