古川から初秋のディーゼルカーの旅情に身を委ねること約20分、有備館駅に到着。僕が目指すのは瀬見温泉ですが、今乗ってきた列車は途中の鳴子温泉止まり。次の新庄行きの列車まで、小一時間ここで途中下車。
というのも、陸羽東線に乗るたびに気になっていた場所があるから。車窓から見える茅葺屋根に、ずっと興味をそそられていた『有備館』。今回タイミングが合い、ようやく訪れる機会に恵まれました。
駅の目の前に位置する受付で入館料を支払い、いざ園内へ。ここ有備館は、仙台藩の家臣であった岩出山伊達家の下屋敷として造られ、その後学問所として利用された場所だそう。
かつて講義が行われていたという、御改所とよばれる主屋。この建物は350年ほど前に建てられたようですが、2011年の震災で倒壊してしまったそう。その後復旧工事が行われ、新旧の木材が融和する独特の空間となっています。
開け放たれた障子、吹き渡る秋の風。何故こうも、和室というものは落ち着きを与えてくれるのだろう。ここでずっと、こうしてぼんやりしていたい。
お上の間に正座し、こころ静かに愛でる庭園。優美な建具に切り取られた緑から、じんわりと伝わる秋の気配。まもなく訪れる燃える季節を前に、この穏やかさに染まる空気感がまた味わい深い。
西に傾きはじめた秋の陽射しを透かす、ほんのり色づいた紅葉。長く厳しかった夏も、こうして静かに終わってゆく。その移ろいに、人は郷愁というものを感じるのだろう。
天を突くように立つ常緑樹の深い緑、色を変えつつある落葉樹。どことなく物寂しさを感じさせる情景は、この時期この時間帯に訪れたからこそ味わえる特別なもの。
静かな時間の流れる御改所で初秋の情緒に浸り、続いて庭園を散策してみることに。外へと出れば、西日の温もりのなか感じるからりとした秋の空気が心地良い。
池に沿って歩いてゆくと、とても立派な蔵が。有備館の関連施設かと思いましたが、隣接する森民酒造店のものなのだそう。旨い酒を醸す古豪が、借景として庭園に趣を与えています。
苔に染まる小径を包む、自然の音。池からは涼しげな水音が響き、風に吹かれた竹からはさわさわと聞こえる葉擦れの音。こころに吹き込む心地よさに空を見上げれば、陽射しに透かされ繊細なうつくしさを魅せる青紅葉。
夏を過ぎ、秋未満。今だからこその情緒に揺蕩い足元を見てみれば、ベルベットのような柔らかさをみせる苔の絨毯に転がる毬栗。あれだけ暑い暑いと疎ましく思っていた季節も、こうして終わりを告げられると何故だかふと寂しさを感じてしまう。
穏やかな静寂の流れる庭園を進み、池の対岸へ。御改所から望む庭園もさることながら、その逆もまた良き。深い緑と秋空の織り成す陰影のなか佇む茅葺屋根は、ここだけ時が止まったかのような静の世界。
夏の眩しさとは一線を画す、明らかに優しい色味をした秋の空。そのパステル色に映える茅葺の渋い色味からは、古の人々のもつ美意識というものが滲み出てくるよう。
有備館のすぐ隣を流れるのは、江合川の水を引いた内川。灌漑用水だけでなく岩出山城の守りのために造られた疎水から、庭園の池の水が引かれています。
秋の気配と戯れつつ庭園を一周し、再び御改所へ。先ほどは障子の間から顔を見せていた色づきはじめの紅葉が、重厚な茅葺屋根に秋の彩りを添えています。
木、草、土、紙。天然素材でできた日本家屋だからこそ宿る、渋さという美意識。空も木々も色味を穏やかに変えつつある初秋のこの時期、視界を染める総天然色が胸へと沁みる。
車窓からちらりと見える茅葺に、いつかはと思っていた有備館。その静かな一画には、秋のはじまりの情緒が満ちていた。
小一時間では、ちょっと足りなかったかな。周辺には伊達政宗が仙台城を築く前に居城にしたという岩出山城跡や、散策できる内川の流れに魅惑の酒蔵もあり。今度はもう少し、時間を掛けて歩いてみたい。ここで見つけた小さな秋にこころ染められ、再訪の予感を抱きつつ静かな庭園を後にするのでした。
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