老神温泉で迎える静かな朝。今朝は昨日よりちょっと冷えるな。そんなことを思いつつ外を見てみれば、空から舞い落ちる白い雪。早速赤城の湯に向かい、何とも贅沢な雪見露天を味わいます。
今シーズンはもう無理かと思っていただけに、なんだかとても得した気分。ひんやりとした空気の中の湯浴みで芯から温まり、湯上りに窓辺でぼんやりと降る雪を見る。朝からそんなゆったりとした時間に身を置いていると、もう朝食の時間に。
ちょうど良い塩梅の甘辛い味噌が塗られた焼魚、旨味の染み出たきのこの煮物。食卓で蒸される温野菜は熱々ほくほくで、冬の名残りを感じさせる雪の朝に嬉しい味わい。
おいしいおかずたちと共にご飯やおかゆを平らげ大満足。お腹を落ち着けて再び赤城の湯へと向かい、最後の一浴を噛みしめチェックアウト。初めての老神温泉が、この宿で良かった。そう思える豊かな時間を過ごさせてくれた伍楼閣に別れを告げ、送迎バスじゃおう号に乗り込みます。
のんびりできていいところだったな。老神温泉の余韻に浸りつつ眺める車窓には、雄大に裾野を広げる赤城山。眼下には片品川の刻む深い深い谷が続き、両岸に続く絵に描いたような河岸段丘に目を見張るばかり。
国道120号線を延々と下り続けること30分ちょっとで沼田駅に到着。バスはこの先上毛高原駅まで行きますが、ここで途中下車し初めての沼田の街を歩いてみることに。
上越線が通っているのは、利根川の刻んだ谷の底。市街地の中心部は駅前からも見えるこんもりとした段丘上に位置するため、坂道を登ってゆく必要があります。
駅前からのびる滝坂を登ってゆくと、途中で分かれる印象的な階段が。歩行者は車の通らないこちらを進んでゆくことになります。
一歩足を踏み入れると、何とも言えぬ良き情緒。弧を描く長い階段、それを覆うトラス組みの渋い木造屋根。脇の擁壁には丸石が積まれ、この階段が古くから生活道路として利用されていることが伝わるよう。
いやぁ、すごい道だ。車を持たぬ駅利用者は、バスを使わなければこれを往復することになるのか。そんなことを考えながら階段を登ってゆくと、その先に待ち構えるのは更なる急坂。
重心をかなり前に傾けないと登れぬほどの勾配を、一歩一歩踏みしめえっちらおっちら。存分に息切れしたところで急坂を制し振り返れば、登って来た甲斐があったとそう思える爽快な展望が眼に飛び込みます。
河岸段丘上に設けられたお城の城下町として栄えた沼田の街。商店街には古き良き建物が点在し、この街の経てきた歴史を感じさせます。
さらに先へと進んでゆくと、これまた味わい深い渋い建物が。昔懐かしいフジカラーのロゴがあしらわれたテントに、幼少のころの昭和の記憶がぶわっと甦る。
駅からの急坂はどこへやら、段丘上に広がる街は全くもって平坦。地形の面白さを感じつつ歩いてゆくと、一際目を引く瀟洒な建物が。
この擬洋風建築は、明治の終わり頃に旧沼田貯蓄銀行として建てられたもの。以前は別の場所に建っていましたが、修復保存のため解体修理されこの場所に移築されたのだそう。
木の風合いが重厚感を漂わせる玄関扉には、何ともお金の貯まりそうな行章。うつくしいアーチ型の窓からは、職人さんの美意識を感じさせる優美な鏝絵がちらりと覗きます。
外観や天井に洋を感じさせるなか、落ち着いた佇まいの和室も。畳の醸し出す和の風合いは、和洋折衷という言葉を体現するかのよう。
軽やかな色彩をまとう外観とは打って変わり、落ち着いた色味が歴史を匂わせる室内。白漆喰や紋様の施された天井に、渋い木の風合いが引き立ちます。
2階へと上がると、畳敷きの広間が。窓周りや天井の洋と足元の和の融合を心地よく感じるのは、日本人としての特性なのだろうか。何でも織り交ぜてしまう文化が、自分の中にも染みついていることを実感します。
全体的に落ち着いた雰囲気の中、より重厚感の漂う一画が。赤い絨毯の敷かれた採光の良い部屋は、かつての店長室だそう。
天井に貼られた工芸品である金唐革紙は建築当時からのものだそうで、日本国内では数えるほどしか現存しない貴重なもの。渋い色味に浮かぶ緻密な紋様からは、古の人々の美意識が滲み出るよう。
旧沼田貯蓄銀行を出ると、すぐ隣にもいくつかの洋館が。大正時代に建てられたこの旧久米家住宅洋館は、解体予定だったものを渋谷区から移築したのだそう。
さらにこちらにも大正生まれの建物が。板張りの印象的なこの建物は、かつて沼田教会として使われていたもの。
区画整理の一環で、大正ロマンエリアとして整備されているこの一画。この旧土岐家住宅洋館も大正時代の建築で、こちらも渋谷区から移築されたものだそう。
急坂で地形を生み出す自然の力を実感し、古き良き商店や洋館に触れ。そんな初めての沼田の街歩きは、まだまだ続きます。
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