石垣島で迎える最後の朝。ついに、この日が来てしまったか。八重山旅最長の9泊10日。あれほど長いと思っていた旅程も、気がつけばあっという間に終わりを迎える。窓の外には、今日も絶好調な夏の空。今日も明日も明後日も、この島ではこんな日々が続いてゆくんだろうな。
とろとろに煮込まれた皮付きのラフテー、爽やかな苦味がおいしいゴーヤチャンプルー。サシの入った甘味旨味たっぷりの石垣牛ローストビーフに、大好物のもずくのり。毎日おいしい朝ご飯が食べられるという安心感があるからこそ、今回のゆるりと暮らすような滞在が愉しめたに違いない。
おいしいおかずとご飯という王道の朝食で有終の美を飾り、大満足で自室へと戻ります。ゆったり11時チェックアウトのため、その前にお昼を買うため『知念商会』へと向かうことに。
部屋に戻り、シャワーを浴びて最後の荷造り。10日間過ごした部屋から、自分の荷物が消えてゆく。愉しすぎたからこそ襲い来る、何とも言えぬこの切なさ。これだけ満喫しておきながらバチが当たると分かりつつ、どうしてもこの瞬間は耐え難い。
今年の滞在を最高のものにしてくれた、The BREAKFAST HOTEL PORTO石垣島。再訪の願いと感謝の想いを胸に、名残惜しくもチェックアウト。博物館前バス停から、『東運輸』の4系統石垣空港行きに乗り込みます。
かねひで、マックスバリュ、サンエー。今年はこれまで以上にお世話になったお店を見送り、走り続けるバス。ときおり現れる集落、濃くなりゆくのどかな緑。そんな車窓をぼんやり眺めていると、ついに終点の南ぬ島石垣空港に着いてしまった。
シーサー君、今年も本当にありがとう。この島に来るたびに、僕の胸に蓄積されてゆく大切な想い出。でも今年は、ちょっとばかり別格だった。あおさ溢れる日々をこころに灯し、また来年逢いに来るときまで頑張るよ。
シーサー君へのご挨拶も終え、屋上にある展望デッキで最後の八重山の空気を浴びることに。いつもは頭を隠しがちな於茂登岳も、今年はずっとその雄大な姿を魅せてくれていたな。
そして最後に、このあまりのあおさをもう一度。青、碧、蒼。そんな概念では収まりきらぬ、無限の広がりを魅せる八重山のあお。網膜に灼きつけたこの色彩、肌に感じるこの熱気、そして胸いっぱいに吸い込む風のかおり。その全てを缶詰にして、来年までこころのなかに大切にしまっておこう。
本当に最後となる八重山とのふれあいを終え、お土産を見つつ待つことしばし。仕方ない、ちょっとばかり東京へ出稼ぎに行ってくるよ。そんな言葉をぐっと呑み込み、搭乗口へと向かいます。
ドアが閉まり、離れてゆくボーディングブリッジ。あぁ、愛する島との接点が切られてしまった。そんな感傷に胸を焦がす僕を乗せ、うちなーの翼は滑走路の始端へ。
機窓に横たわる海のあおさを眼にこころに灼きつけていると、B737はエンジンの出力を上げ滑走開始。小型機ならではの身軽さで、あっという間に離陸。本当に、本当に石垣島と離れてしまった。何度味わってもこの瞬間は、あまりにも切なくて切なくて。
地を離れた飛行機は、大空目指して急上昇。機窓を染める島の緑がだんだんと小さくなり、反比例するように存在感を増してゆく白保海岸の珊瑚礁。
行きはよいよい、帰りは切ない。着陸時は期待感に高揚し眺めるあおさも、離陸後はこの島で過ごした鮮烈な日々の記憶をただただ呼び戻すだけ。
最後にこの島の優美な姿を魅せてくれるかのように、石垣島に沿って北上を続けるうちなーの翼。切ないよ。本当に切ないよ。でも胸に広がるのは、切なさだけではない曖昧で確かな何か。
その感情が何なのか、今でも僕にはわからない。でもひとつだけ言えること。それはこれまでの別れとは色味が違うということ。充足感のような、達成感のような、それとも安寧か。うまく表現できないが、切ないなかにもそんな温かさが確実に宿っている。
今年の旅は、ある意味本当に禁断の世界に手を出してしまったのかもしれないな。これまでにない心もちで平久保崎を見送り、あっという間にB737は那覇空港に着陸。乗り継ぎの合間に、ちょっと遅めのお昼を食べることに。
今朝、知念商会まで買いに行ったオニササならぬオニさかな。手に取ればずっしりとした質量を感じ、愛する八重山がまだここに居てくれているという実感を噛みしめる。
ソースが染みてもサクサクな衣、その内側にはほっくりとした白身の淡白な旨さ。それと一体化したじゅーしーおにぎりの味わいに、何故だか目頭が熱くなる。島の空気を感じるこの旨さを自分の血肉とさせるべく、ひと口ひと口をこの旅の記憶とともに咀嚼します。
手のひらからお腹へと八重山の質量を取り込み待つことしばし、ついに沖縄との別れの瞬間が。羽田へと飛び立つJAL機の窓から、最後となる沖縄の海の輝きをこころに刻みます。
本当に、善き旅だった。あり得ないほど、眩い日々だった。そんな旅の余韻に浸り揺られるB767。すると眼下の雲に現れる、虹の輪のなかを飛ぶ飛行機の影。なんだよ、最後まで最高かよ。初めて目にするブロッケン現象に、なんとなく次へと繋がる希望が見える。
おうちに帰ってこれを食べるまでが、八重山旅です。石垣空港の制限エリア内、Coralwayでしか買えないこの新ぱち農弁当。今年も無事に、お持ち帰りできました。
八重山農林高校の生徒による食材とレシピでつくられたこのお弁当。パパイヤの煮物に人参しりしり、島野菜の素焼きやからし菜のだし巻きたまごと、島の大地の恵みを優しい味付けで。
月桃の葉で包まれた三元豚のラフテーは白身の甘味がおいしく、農高産米味噌漬けのローストチキンは凝縮感ある旨さ。下段には優しい味わいのじゅーしーが詰められ、半日前まで居たあの島の風がこころのなかでふっと甦る。
おいしいお弁当を食べつつ、噛みしめるように味わう泡盛。いつもなら東京へと帰ってきてしまった寂しさに苛まれるところだが、なぜか今夜はあの眩しい日々の延長線上にいるようだ。
三十代半ばに知り、その魅力にすっかり憑りつかれてしまった愛する地、八重山。逢瀬を重ねるごとに変化する心境、それをここちよいと思えるように変わってゆく自分。そして今年はついに、「暮らす」の真似事に手を染めてしまった。
あのときは、こんな今が待っているなんて想像すらできなかった。もっと濃く、もっと強く、そしてもっと深く。そんなふうに、旅はどんどん貪欲さを増すものだと思っていた。
あれから9年。その予想とは裏腹に、ちょっとずつだけれど余計なこだわりを手放せている気がする。それはきっと、こうして毎年僕を包んでくれる八重山での時間のおかげ。
35歳の自分がはじめての八重山で感じた、未知なる感覚。ベタだけれど、人生観が変わる旅だった。人間の予感って、あながち間違っていないのかもな。ということは、もしかしたらもしかするかも。
今年もらえた溢れるほどのあおさを胸に灯し、来年、そしていつかはと願う日に向け歩いていこう。そう素直に思えることに驚きつつ、今年の鮮烈な日々を反芻し自分の糧へと昇華させてゆくのでした。
コメント