5月上旬、羽田空港第2ターミナル。僕らは曇天の空を見つめ、展望デッキに立っていた。これから向かうは、17年前に自分の足で漕ぎぐるりと駆けた瀬戸内。あの風光明媚な地との再会を目前に、胸の高鳴りを抑えることなどできやしない。
ひょんなことから年休が取れた棚ぼた旅、行き先は相方さんに委ねることに。そして出てきたのが、香川岡山広島愛媛と瀬戸内をぐるりと辿る行程。僕にとっては想い出の地、相方さんにとっては未知なる場所。そんな僕らを乗せる飛行機は、ターミナルの外れの広いスポットでしばしの休息。
実はこの日、中国四国地方は強風のため各空港への便はいずれも天候調査中。僕らの乗る便は、調査の結果条件付きで運航することに。
ひとまず飛べるという安心感と、無事に降りてくれという願うような気持ち。それらが綯い交ぜになった僕の心境をよそに、A320は加速を開始しあっという間に離陸。
小型機ならではの機敏な上昇、くるりと旋回する器用な身のこなし。ここ最近、単通路機に乗る機会が多いからか、この身軽さが心地良い。
それにしても、エアバス機はやっぱり静かだ。去年の夏に乗って以来、2度目の搭乗となるA320。改めてその快適さにニヤついていると、いつしか下層の薄雲を抜け機窓にはパステルの青さが。
半年ぶりとなる空の旅の歓びを噛みしめていると、ベルトサインも消え機内サービスが。お願いするのは、今回もビーフコンソメ。なんだか最近は、高度9,000mでスープを飲むのが大空の旅の儀式になっている気がする。
ANAのバランスのとれたスープのおいしさに浸っていると、飛行機は降下を開始。ベルトサインも点灯し今か今かと待ちわびていると、厚い雲を抜け突如現れる小豆島のうっすらとした島影。
もうここまで来ていたのか。食い入るように機窓を見つめていると、ついに四国本島の姿が。今回初となる、空路での香川入り。上空から見る複雑な海岸線は、まるでジオラマを見ているかのよう。
さらに高度を落とし、讃岐平野の上空を揺らりゆらりと飛行。香川県は数にして全国3位、密度にして全国1位というため池の多い地。自転車で走っていても実感したが、こうして俯瞰するとその密集加減に圧倒される。
一点を見定め、意を決したかのように降下を続ける飛行機。さすがは条件付き運航、ここに来てぐらりぐらりと揺れるように。降りれるかな。いや、大丈夫だよ。そう思った刹那、A320は大きな衝撃もなく高松空港に無事着陸。
羽田から1時間15分、定刻通りに高松空港に放たれる僕ら。パイロットって、やっぱりすごいなぁ。無事到着できたことに感謝しつつ、お手洗いを済ませ急いでリムジンバスの乗車券を購入します。
ここからは、ことでんバスの運行する『高松空港リムジンバス』に乗車し市内へ。飛行機到着後15分を目安に発車するため、早めにのりばへ向かったほうが無難かもしれません。
ちょうど香港からの国際線到着と重なり、混雑した先発を見送り続行便に乗車。これもほぼ満席となり、さらに続行が出るという盛況ぶり。賑わう車内に揺られること40分ちょっと、高松築港バス停で下車。久々となる玉藻公園の石垣との再会に、ようやくちょっとばかり高松に着いたという実感が。
ことでんの始発駅である高松築港駅からJRの高松駅までは、目と鼻の先。そう思いつつ歩いてみても、周囲の景色に見覚えがなく軽く迷子に。いや、正確に言うと7年前に来ていたはず。
あれぇ、酔っ払いって怖いなぁ。そう自戒しつつ、高松駅との久々のご対面。ここは人生初のゴールデンウイーク、日本半周の壮大な旅を締めくくった想い出の地。懐かしさ半分、新鮮さ半分。前回は確かになかった新たな駅ビルに、当時もあったはずの瀬戸内海と繋がるという海水池を新鮮な心もちで眺めます。
まぁでもあのときよりかは飲む量減ったし。そう心の中で言い訳しつつ、駅へのご挨拶を終え今宵の宿である『東横イン高松兵庫町』へ。ちなみにリムジンバスは、すぐ近くの兵庫町バス停にも停車。空港からダイレクトで来るなら、そちらが便利。
フロント前にある端末でチェックインし、排出されるカードキーを受け取り自室へ。便利になったもんだと感心しつつ扉を開けると、思った以上に広く快適なお部屋。
ちなみに今回は、ANAのダイナミックパッケージを利用。高松着、松山発の飛行機に、このホテル1泊がついて1人4万円。そこに瀬戸内エリア限定のクーポンを適用し、なんと3万円のお値打ち価格。価格高騰のこのご時世、旅を趣味に持つ者としては本当にありがたい。
部屋に荷物を下ろし、今宵の宴の舞台の目星をつけるべくいざ街へ。まずは宿のすぐ脇を通る兵庫町商店街から歩きはじめます。
8つの商店街で構成される高松中央商店街は、全長2.7㎞もある日本一のアーケード街。三越前の大きなドームを見上げ改めてその規模に圧倒され、続いては居酒屋の多く並ぶライオン通りへ。7年前、ほろ酔いの範疇では収まりきらぬ気持ちよさで歩いたのがつい昨日のことのよう。
今宵のお目当ては、高松名物の骨付鳥。前回訪れた快食道楽秀もおいしかったし、他にもたくさん看板もあり目移りしそう。ですがライオン通りに位置する有名店に行列ができ始めたのを目にし、最初に気になった『寄鳥味鳥』に心を決め急いで兵庫町まで戻ることに。
開店の10分ほど前に着くと、先客が一組待っているのみ。あぁ良かった。そう安堵するのも束の間、僕らの後にすぐさま行列が。注文してビールを飲むころには、すでに待ちが発生していました。
早めに判断してよかったね。そんなことを話しつつ冷たいビールで旅の疲れを癒していると、注文していた皮酢が到着。親鳥の皮を煮てから焼き上げるため、厚めの皮は余分な脂が落とされクリスピーな香ばしさに。そこに甘酢が染み込み、この旨さは他では出会ったことのない味わい。
想像する鶏皮よりも軽やかなおいしさに箸とビールを進めていると、お待ちかねの骨付鳥が運ばれてきます。相方さんは若どりを、僕は親どりをメインに食べることに。
東京に住んでいると、なかなか出会うことのない親鶏。ハサミで骨から切り離し、ほどよい大きさのものをぱくり。奥歯でじっくり噛みしめれば、じんわり染み出る深い旨味。過不足のない絶妙な塩梅の塩分や香辛料が華を添え、あまりの滋味深さに一瞬にしてここまで来てよかったと思えてくる。
続いて若どりを。箸でほぐれるほど柔らかく、親どりとは一線を画すジューシーさ。身が柔らかい分下味をしっかりと吸収し、それが肉汁とともに口中に放出される様に思わず唸ってしまう。
うん、これは甲乙つけがたい。若さならではの瑞々しさも捨てがたいが、でもやっぱり僕は親どりかな。きっとこれは、重ねてきた人生ならぬ鶏生の深さが味に宿っているに違いない。咀嚼は大変だが、噛めば噛むほどその滋味が沁みてくる。
ときおりキャベツを挟みつつ骨の際までむさぼり尽くし、最後はご飯で〆ることに。他のお店では塩むすびが定番のようですが、こちらはお茶碗に入った白いご飯が供されます。
銀皿に残った鶏油をごはんにちょろり。すぐさま箸ですくい口へと運べば、何とも言えぬ背徳の味。いや、旨いけど、もっとこれを浴びねば。そう思い、行儀が悪いのを承知の上で鶏油の海へご飯をドン。全体をよく混ぜ掻き込めば、得も言われぬ幸福感に包まれます。
いやぁ、旨かった。鶏の旨味を壊さぬ程度の程よき塩梅、香ばしさがありつつジューシーさを残した焼き加減。骨付鳥はお店により千差万別だというが、確かに秀ともまた違う旨さだった。
こうなってくると、機会あるごとに高松を訪れ食べ比べせねば。口のまわりをぺたぺたにしつつ、そんな企み抱き歩く街。7年前、初めて呑んだ高松。その時はサンライズで帰らなければならなかったが、今夜は時間を気にせずこうしていられる。
腹ごなしに暮れゆく高松の街を散策していましたが、雨が強くなってきたためホテルへ戻ることに。宴の続きにと開けるのは、琴平町は西野金陵の醸す金陵濃醇純米。讃岐産のオオセトで造られたお酒は、その名の通りしっかりとしたお米の香りや旨味が印象的。
念願叶い、ようやく泊まることのできた高松。ふくよかな金陵を含み窓の外を見下ろせば、静かになりゆく夜のアーケード。一夜を過ごしてみて、初めてその街に行ったと言える気がする。酒呑みの僕は、改めてそんな良からぬ確信を抱いてしまうのでした。
コメント