さっぱりとした大鰐の湯でいい汗をかき、涼しい大広間でのんべんだらり。そんなゆるりとした時間を鰐comeで満喫し、そろそろ弘前へと戻ることに。
弘南鉄道のホームへと誘う、渋い佇まいの跨線橋。昭和の空気感が缶詰のように残る空間も、あと2年半で現役を終えてしまう。観光客の戯言だとは分かっていても、地方の中小私鉄の置かれた苦境には心が痛む。
奥羽本線の車窓からはじめてこの小さな駅と電車を見たときは、絵に描いたような地方鉄道の情緒に感激したものだった。そういえば、はつかり号から十和田観光電鉄や南部縦貫鉄道を目にしたときも同じ気持ちだった。
あと十年早く生まれていれば。昭和の鉄道が好きな僕にとって、そう思うことは少なくない。でもしかし、それでもいい時代を生きてこられたと今は思う。ブルートレインも、100系ひかりの食堂車も、そして今こうして残されている地方私鉄も体験できたのだから。
来年もまた、大鰐線で温泉に行こうかな。僕は決して葬式鉄と呼ばれる趣味はないが、これまで幾度か乗車した弘南鉄道には情が湧いてしまう。厳しい環境に置かれながらも、鉄路を繋いでゆく。大鰐線の休止の判断も、弘南線を遺すための苦渋の決断だとも聞く。
同じ仕事に携わる者として、鉄道にはどうしても思い入れが強くなってしまう。西に傾きはじめた陽射しが風とともに流れ込む車内で感傷に揺られ、終点のひと駅手前の弘高下で下車。
というのも、地図上でこの近くに湧水を見つけたから。事前に頭に入れた道順を辿ってゆくと、住宅街の真ん中に水場を発見。ここは富田の清水(しつこ)と呼ばれ、340年近くもの長きにわたり人々に利用されてきたそう。
このあたりの地名は、その名も紙漉町。藩政時代に越前から和紙職人を招き、それ以来昭和初期まで和紙の生産が続いたそう。その後は人々の生活用水として大切に管理され、今なお飲用できる清らかな水が滔々と湧き出しています。
その湧出口からひしゃくですくい、ひと口。東京ほどではないとはいえ、弘前の夏も充分暑い。そんななか喉を通る冷たさは、口当たりのまろやかさと相まって格別の味わいに。空になったペットボトルを持っていたので、一本分ありがたくいただいて帰ります。
もう何度も訪れているのに、まだ知らぬ魅力があったとは。こうしてさらに深みへと落ちゆく感覚を抱きつつ、そろそろ土手町へ。大鰐線の単線の踏切を渡った先には、朱い欄干の清水橋。このあたりが古くから水の豊かな地であったことが伝わるよう。
ちらりと見える五重塔を目指し歩いてゆくと、最勝院は閉門の時間。そのお隣に鎮座する八坂神社へ、9年ぶりにお参りしてゆくことに。
藩政時代からこの地で城下町を見守り続けてきたという、歴史ある八坂神社。勇壮な狛犬に護られた拝殿で、こうして毎年愛する街で夏を過ごせることのお礼を伝えます。
八坂神社へのお参りを終えて振り向けば、東北一の美塔とも称される最勝院の五重塔が。風雪厳しい弘前の地にて、360年ちかくものあいだ優美な姿で建ち続けています。
今日も県外客向け無料観覧席の整理券を無事手に入れ、祭りの前の景気づけ。どこに行こうかと迷いましたが、手作りの味がうれしい『居酒屋夢地』にお邪魔することに。
冷たいビールで喉を潤していると、おいしそうなお通しが。ここちよい甘酸っぱさの酢味噌が旨い煮いか、素材の味わいを感じさせるほっくりとしたかぼちゃの煮物。茹でもろこしは嶽きみだろうか、その甘さに夏休み感がぐっと湧いてくる。
2年ぶりとなるこのお店、まずはここに来たら食べたいなすのしそ巻きを。手のひらほどの大きな赤紫蘇で巻かれた、なすと味噌。油をまとったなすとしその風味が、味覚にこころに沁みてくる。
続いて、大好物のミズの水物を。水物とは、昆布を入れた塩水に食材を浸して食べる津軽の郷土料理。そのシンプルさが、ミズのしゃきっとした食感やちょっとしたぬめり、そして瑞々しい風味を最大限に活かしてくれる。
もう明日には津軽を離れなければならない。ということで、青森といえばのほたてのお刺身を注文。ぷりっとしっとりとした身に宿る甘さ、磯の薫るこりっとしたひも。これはやっぱり、間違いない旨さだ。
もうひとつ青森名産をと、田子にんにくに天ぷらを追加。かりっと揚げられた厚めの衣の中からは、ほっくほくのにんにく。それがもう、甘いのなんの。にんにく臭さや辛味はまったくなく、これは吞兵衛殺しの罪な逸品。
ここはイガメンチも貝焼き味噌もおいしいし、焼きおにぎりも気になるな。そんな〆の悩みと格闘しつつ、今夜は手づくりの餃子を頼むことに。しゃっきしゃきの野菜がたっぷりと入った餃子を頬張れば、ねぷたを忘れてずっとこうして飲んでいたいと思えてくる。
いかんいかん、ねぷたを見られるのは今宵が最後。危うく誘惑に負けそうになった自分に喝を入れ、出陣時間に間に合うように名残惜しくもお店を後にします。
今日一日、たっぷり満喫したな。そんな充足感に満たされつつ歩く、土手町通り。灯りの洪水まで、あと少し。心待ちにするみんなの顔につられ、僕の頬も上気してゆくのでした。
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