ついに訪れてしまった、この瞬間。一夜の夢を見させてくれた弘前とも、お別れのとき。でも大丈夫、来年またこうして来ればよいのだから。そう自分に言い聞かせ、イトーヨーカドー下のバスターミナルから『弘南バス』のキャッスル号仙台行きに乗り込みます。
津軽の地とも、しばらくはお別れか。高速に乗るまでの間、車窓を染める夏景色をぼんやりと目で追うこの時間。溢れる緑の豊かさに、やはり僕には東北の夏が必要なのだと改めて思い知る。
碇ヶ関を過ぎると道は一気に山深さを増し、秋田県入り。奥羽山脈の真っただ中を南下し視界が開けたと思えば、眼前に現る岩手山。まもなく岩手山サービスエリアに到着し、1回目の休憩に入ります。
頭を隠しがちな岩手山も、今日は惜しげもなくその姿を魅せてくれている。南部片富士と呼ばれる特徴的な山容も、余すことなく一望のもとに。今日の岩木山や岩手山は、その優美さをもって東北の夏を僕へと届けてくれているよう。
さらにバスは南下を続け、途中前沢サービスエリアで2回目の休憩をはさみ仙台目指して快走を続けます。いつしか車窓からは山深さも消え、そこに広がるのは濃い緑色を湛える枝豆畑。さすがはずんだの地、夏真っ盛り。
そしてやはり東北路の車窓に欠かせないのが、どこまでも広がる豊かな田んぼ。やっぱり僕は、八重山のあおと東北のみどりに触れないと夏を越せない体になってしまった。
弘前から夏景色に染まる東北道をひた走ること4時間20分、きっかり定刻に仙台に到着。駅からは少し離れた、宮交仙台高速バスセンターで降車します。
この日は土曜日、七夕の花火も開催されることもあり名掛丁のアーケードは大賑わい。もしかしたらもう飾りつけしてるかな?と寄ってみましたが、吹き流しを吊るす準備だけされていました。
駅ビルで先にお土産を買い込み、良き時間になったところで早めの夕食をとることに。仙台駅に直結するすし通りの中から、今回は『あさひ鮨』にお邪魔してみることに。
今日は魚をたくさん食べようとお昼を抜いたので、もうお腹は空っぽ。早速冷たいビールで喉を潤し、お刺身から始めます。
まずは地魚刺盛ハーフを。まぐろ、いか、ほたてのほか、三陸らしいもっちりとしたかつおをアテにすぐさま地酒に切り替えます。そして印象的だったのが、太刀魚。しっかりとした身質と旨味に、思わずこれ旨!と独り言。
そのお隣は、もうかの星。こちらのお店の本店は気仙沼ということで、なかなか食べることのできないもうかさめの心臓を注文してみました。
サメってちょっとアンモニアっぽいときあるしな。どうかな。と恐る恐るひと口。疑ってごめんなさい。これ、ものすごく旨すぎる。食感はハツらしく、コリぷりとした愉しい歯ごたえ。心配していた臭みはどこを探しても見当たらず、酢味噌やごま油で食べればそれぞれ違う表情の旨さに出会えます。
瞬時にして吞んだくれコースであることを察知した僕は、続いて名物の仙台長茄子漬けを注文。きゅっと締まった食感の実には漬物の旨味がしっかりと込められ、ちょんとからしを付けて齧ればすぐさまおちょこをグイっといきたくなってしまう。
お土産は買ったし、新幹線の乗車口までは3分あれば行ける距離だし。そんな心の余裕からすっかりエンジンがかかってしまい、調子に乗って筋子のつまみを追加。王道の塩筋子は凝縮感が魅力で、ねっとりとした魚卵のコクと海苔の風味が合わされば地酒が進まない訳がない。
程よく気分も良くなったところで、〆にお寿司をとおまかせ握り10貫を注文。まぐろはしっとりと旨味を感じ、鯵は新鮮ぷりっぷり。生北寄は貝らしい甘味がおいしく、そしてやっぱり太刀魚が旨い。宮城で太刀魚のイメージがなかったのですが、すっかり好きになりました。
おいしい魚と地酒でお腹も心も満たされ、お店を後にします。もうすぐ始まる花火大会にむけ、一層賑わいを増すコンコース。人々の発する華やかさを横目に、僕は東北と別れる決心をしなければ。
仕方ねえ、一旦東京へ戻ってやるか。そう新幹線の改札を抜けホームへと向かうと、そこに停車していたのは懐かしいあの塗装。旅の締めくくりにこれなんて、ずるすぎるよ。
僕の中で、東北新幹線といえばやっぱりこの塗装。このE2系は一度もまとったことのないカラーのはずなのに、こんなにもあっさりと着こなしてしまうなんて。なんだか無条件に、涙が出てきそう。
どうしよう、これもう大好きだった200系じゃん。強いて言えばもう少しクリーム味が強く、屋根下の雨どい部分にもう1本緑のラインが欲しいくらい。でもそんなことすらどうでもよくなる。まさか令和に、この塗分けと再会できるなんて。
この塗装を再現したJRもすごいけれど、違和感なく身にまとってしまったE2系にも感動。初めて200系に乗ったのは、小学校に上がる前。そのときの想い出が走馬灯のように甦り、自ずと目頭が熱くなる。
ひとり感動と郷愁に揺れ動く僕を乗せ、やまびこ号は滑るように仙台駅を発車。車窓には、ゆったりと流れる夕刻の仙台の街。
萩の鶴片手に、昭和の新幹線の旅情に浸る至福の時間。窓の外には、夕空の醸す得も言われぬ色味と、シルエットとして横たわる奥羽の山並み。東北は、本当にうつくしい場所だな。
旅の終わりを彩る夕映え、そんな旅情をより深くしてくれるふるさとチャイム。塗装とともに復刻されたチャイムは、停車駅に因んだ音色を耳へと運ぶ。昔の人々は、もっと旅路というものをゆったりと愉しんでいたのかもしれない。
僕にとって、間違いなく鉄道の原風景のひとつである200系。その気配をまといつつ、ひとつひとつ駅を刻み東京を目指すやまびこ号。そんな時間を深めてくれる、地酒と祭りの余韻。新青森到着時にもらい、カメラに付けて道中を共にした金魚ねぶた。その愛らしい姿に、この旅の記憶を重ねてみる。
復刻塗装に、ふるさとチャイム。僕の中に眠る昭和の記憶に揺蕩いつつ、ぼんやりと眺めるE2系の車内。そもそもこの車両だって、僕にとっては想い出の宝箱。あと何回、この列車に揺られ東北路へと旅立てるのだろうか。
トイレは循環式ではなくなり、洗面台にはハンドソープやハンドドライヤーも導入され。それでも今こうして眺めてみると、どことなく国鉄から受け継いだ空気感が残っている。この車両も登場から26年、時の流れの速さが改めて胸を襲う。
4年ぶりに戻ってきてくれたねぷたの熱さと再会し、東北の夏を満喫した1泊2日。グランクラスから始まり、40年近く蓄積された東北路の記憶で締めくくる。今回の夏は、濃厚だった。
2023年、こうして幕を閉じた僕の夏。鮮烈な八重山のあおさに染まり、東北の豊かなみどりと夜空を焦がす灯りの洪水に抱かれる。その両方が、ようやく僕のもとへと戻ってきてくれた。
毎年どうしても、逢いたい夏がある。そのことが、僕の人生を一体どれほど豊かにしてくれているのだろう。そんな大切な生き甲斐を、もっともっと大切に噛みしめてゆこう。未だ耳の奥に宿るヤーヤドーの声を、来夏までの熾火として胸へと大切にしまうのでした。
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