盛岡駅からひた走ること1時間半、バスは八幡平マウンテンホテルに到着。そうそう、これこれ。この先松川温泉までの道のりは、積雪期間は大型バス通行不可。ここでボンネットバスに乗り換えるんだよな!そう楽しみにしていると、待ち構えていたのは普通の中型バス。
そりゃそうだよな、御年57歳だもんな。無事ならいいのだが。古老の心配をしつつ一気に険しくなった山道を登ること20分、松川荘口バス停に到着。運転士さんに「気をつけて歩いてくださいね!」と見送られ、今宵の宿を目指し谷底へと続く道へ。
最初は足元に気をつけていれば特段問題ない状態でしたが、宿への分岐の手前あたりから強風が。あぁ、冷たい痛い冷たい痛い・・・。久々に、ニセコでのあの感覚を味わった。もっと宿が遠ければ、頬っぺたがしもやけにでもなっていたに違いない。
うわぁ、地吹雪厳しい。八幡平の雪は限りなく細かく軽やかで、だからこそ風で飛びやすい。うわぁ、うわぁ、すげぇ、すげぇ。そう耐えつつじりじりと進んでゆくと、松川に沿って走るパイプラインが。これが見えれば、もうすぐだ。そう奮い立たせ、凍った頬に手をやり歩みを速めます。
谷底へとたどり着けば、先ほどまでの強い風はどこへやら。松川に沿って入口を探して歩き、ついに雪に埋もれた玄関を発見。バス停から歩くこと5分強、これから2泊お世話になる『松川荘』に到着。
いやぁ、体感はその倍以上は歩いていたな。暖かいロビーで解凍されつつ、かじかんだ手で書く宿帳。苦戦しつつ震えた字を書き進めていると、ご主人がボンネットバス目当てでしたか?と。
どうやら、それ目当てでここまで来る人もいるそう。僕の帰った翌日には復帰したそうなので、末永く活躍を続けてもらいたいと願わずにはいられない。
5年前に逢うことのできたボンネットバスの雄姿を浮かべつつ、ご主人に案内され自室へ。これから2泊、ここが僕の怠惰の舞台。地熱暖房の効いたぬくぬくの空間に、外の世界とのこのギャップが堪らんと思わず笑みがこぼれてしまう。
松川温泉は今回で3度目。これまで2回泊まった松楓荘は、残念ながら昨年廃業。松川荘のお風呂は初めてのため、ワクワクしつつ浴衣に着替えいざ露天へ。
外履きに履き替え、滑らぬよう慎重に歩く雪の積もった細い道。木造の脱衣所で寒さに凍えながら衣服を脱ぎ捨て、いざ迎えるご対面の瞬間。その刹那、思わず漏れてしまう感嘆の声。
堆く積もる雪のなか、青白い湯を湛える広い露天。これぞ山の湯という白濁の湯からは、存分に立ちのぼる硫黄の香り。掛け湯をし静かに沈めば、自ずと頬も緩んでしまう。
広い湯舟は、その場所場所で湯温に若干の違いが。景色と湯温の合致する好みの一点を見つけ出し、ひたすら眺める純白の雪。湯船に引き込まれた蒸気のボコボコとした音、そしてしゅうしゅうと豪快な音を奏でる地熱暖房の噴気。この世界観、一度味わってしまうと忘れられなくなりそう。
硫黄臭漂う白濁の酸性泉。僕の大好物のお湯に早速絆され、芯から茹だったところでフロントに併設された売店へ。ビールをください。そう頼むと、ご主人が水の中から一番搾りを捜索。うぅん、旨い。何故こうも、どぶ漬けのビールは旨いのだろう。
キンキンとも違う、しかし芯からしっかりと冷えたビール。湯上りだからこその至福に揺蕩い、畳の上に転がりぼんやり。そんなゆるりとした怠惰に身を任せていると、外は暗くなりもうすぐ夕食の時間に。
その前に、頭を流そうと内湯へ。この宿は2本の源泉を持っており、大浴場ではそれぞれの違いを楽しむことが。
大きくとられた扇形の浴槽がふたつ。手前は高温の源泉が掛け流されており、沈殿した細かい湯の花によりささ濁り。奥には低温の源泉が掛け流されており、濁りは弱いがゆらゆらと舞う糸状の白い湯の花が。
それぞれ表情の違う源泉を味わい、洗髪を。こちらも松楓荘と同じくシャワーはなく、陶器の甕に溜められたお湯ですすぐスタイル。髪の長い方は大変かもしれないが、こんなちょっとした不便も山奥の湯宿らしくて僕は好き。
到着してからまだ2時間というのに、すっかり染まった松川の湯。その火照りと香りを携えつつ、18時となり夕食会場へ。食卓には、たくさんのおいしそうな品々が並びます。
さっそく地酒を頼み、まずは前菜から。ぴりりと辛味のきいた椎茸の辛子和え、じんわり滋味深い鴨のパストラミ。その隣は肝と身を和えたあんこうの友和えで、これまた地酒を誘う味。
お刺身は、炙りまぐろといわなの昆布じめ。昆布によりほどよく脱水されたいわなは、ねっとりとした凝縮感と強さを増した旨味が堪らない。天ぷらもさっくり軽く揚げられており、特に肉厚なしいたけのジューシーな旨さに驚いてしまう。
甘さ控えめに煮られたやまめは、ほっくりとした滋味と山椒の実の香りが好相性。トマトのコンポートはほんのり甘く、じゅわっと広がる自然な酸味と旨味が美味。なまこ酢やほたてマヨ焼きといった海の幸も味わえ、変化に富んだ献立に愉しくお酒が進みます。
そして今夜のメインは、名物だという岩魚の山賊鍋。しょう油ベースのおつゆにはコチュジャンが加えられ、熱々ほくほくに煮えた岩魚の淡白な旨さを華やかにしてくれる。たっぷりと加えられた野菜もそのおつゆを吸い、ピリ辛な旨さでお腹の底からじんわりと温められます。
ここまで結構なボリュームで、もう大満腹。最後にご飯を一杯だけもらい、かれいの煮付けやなめこ汁とともに味わいます。
あとはもう、お酒と雪見露天に遊ぶだけ。そんな静かな夜のお供に開けるのは、盛岡は桜顔酒造の南部富士特別純米酒。これ、30になったばかりのときに初めて訪れた夏油温泉で出逢った想い出の酒。力強くありながらすっきりとした後味ですっかり好きになったのですが、その後全然見かけることがなかった。久々となる再会の歓びに、この旨さがより一層沁みてくる。
久々に味わう想い出の酒を半分ほど残し、続いて開けるのは紫波町の紫波フルーツパークが醸す、自園自醸ワイン紫波リースリングリオン。
その名の通り、全てが紫波で造られた白ワイン。口当たりなめらかで、まろやかな酸味と甘みがありつつ後味すっきり。辛口だけれど白葡萄のジューシーな果実感があり、大沢での夜に続き岩手のワインの奥深さに惚れてしまう。
地熱暖房のぬくぬくとした部屋で旨い酒をちびりとやり、気が向いたら極寒の露天へ。肩まで松川の湯の温もりに抱かれ、頬に感じる凛とした冷たい夜風。その対比と埋もれてしまうほどの積雪に、八幡平での冬の夜を存分に噛みしめるのでした。
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