栗駒山に抱かれ迎える静かな朝。今日は雨予報ですが、まだ降りだしてはいないよう。まあいいや。今日は一日、部屋とお風呂を往復するだけだし。連泊のもたらすこの余裕を一度知ってしまうと、もうやめることなどできません。
眠い目をこすり、早速朝風呂へ。大きな浴槽へ滔々と掛け流される、青白く染まる美しい湯。静かに肩まで沈み、眼を閉じて思い切り深呼吸。あぁ、堪らない。肌に感じるするりとした浴感、鼻腔を占める硫黄の香り。こんな絵に描いたようなにごり湯を、今日も一日満喫できるなんて。
それにしても、今回もやはり僕の体に強烈な変化をもたらす須川の湯。前回は若干のむかむか感を伴うものでしたが、今回は死ぬほど空腹になるという不思議な変化。どちらにせよ、僕の胃腸に働くことには違いないのでしょう。
朝食が始まる時間を待ちわび、いそいそと食堂へと向かいます。和食中心のバイキングから、好みのおかずを選びます。ぜんまいの煮物やおひたし、塩辛に納豆をお供に白いご飯をたっぷりおかわり。空っぽになったお腹に、しみじみとしたおいしさが沁みてゆきます。
部屋へと戻り、満腹を落ち着けようと布団へごろり。あぁ、起きられない。出た出た、この感覚。6年前も、気合を入れてお風呂へ向かう以外は布団から出られなかった。きっと僕の体と須川のお湯が、何らかの形で共鳴してしまうのだろう。
気づけば微睡み、あっという間に昼前に。ようやく重い体を起こし、昼飯前の大日湯へ。温かい湯に浸かりながら、頭に感じる雨の冷たさ。ようやくぼんやりとしていた頭も冴え、昼から湯上りビールという連泊の甘美に身を委ねます。
先ほども書いたように、今回は異様な空腹をもたらす須川の湯。ビールでさらに食欲を刺激され、ランチ営業している食堂へと向かいます。
そばやうどん、ご飯ものなどのメニューが並ぶ中、今回注文したのはきのこラーメン。空腹に優しく沁み入るようなしょう油のスープに、程よく縮れたつるりとした麺。乗せられたきのこが食感と風味を加え、山の湯宿で味わうにはもってこいの穏やかなおいしさ。
王道のしょう油ラーメンに満たされ、お腹も落ち着いたところで再びお風呂へ。須川高原温泉には自炊棟が併設されており、そちらにある霊泉の湯へと入ってみることに。
扉を開けた瞬間、ムワリと全身を包む硫黄臭を含んだ熱気。チェックイン時に「熱いのでよく掛け湯をしてから入ってください」と言われたのも納得、入る前から熱い湯であることが伝わります。
まずは小さな手桶で恐る恐る掛け湯。熱い、熱いなぁ。これ、入れるのだろうか。そう思いつつも何度も何度も体に湯をかけていると、不思議と馴染んできてしまう。
しっかりと熱さに順応したところで、いよいよ湯船へ。そろりそろりと体を沈めれば、全身を覆う熱さと厚さ。45℃と高い湯温もさることながら、浴感がなんとも分厚く感じるのです。
小ぢんまりとした湯屋に充満するまろやかな硫黄臭、体を抱く重厚なお湯。ほかのふたつの浴場とはまた違ったダイナミックな須川の力に触れ、すっかり気に入り出たり入ったりを繰り返します。
そしてやっぱり、須川のお湯はすごい。結局今回の滞在も、終始布団とお湯との往復に。日頃の疲れが抜けたのか、夕方には体も心もすっきり。須川高原温泉に来るときは、絶対連泊しなければ。
心身ともに軽くなり、それと同じくお腹も空っぽに。またまた襲い来る空腹感に驚きつつ、そそくさと夕食会場へ。食卓には、今日もおいしそうな品々が並びます。
なめこの和え物やきのこと生姜の佃煮、ごぼうの味噌和えなど、山の恵みを味わいつつ地酒をちびり。ぶりの竹皮焼きは魚とソースの相性が良く、ねっとりもっちりとした里芋まんじゅうには、しっかり目に味付けされたそぼろが隠されています。
勢いよく湯気の上がる陶板のふたを取ると、鮭のちゃんちゃん焼きが食べごろに。ほっくりとした鮭の旨味と、ちょっと甘めに味付けされた味噌が好相性。それらの旨さを野菜やきのこがしっかりと絡め取り、お酒のみならずご飯も進んでしまいます。
冷たい稲庭うどんでクールダウンし、おかずの最後に食べるのが好きな茶碗蒸しへ。中にはたっぷりのわらびが入っており、山の湯宿に来てよかったとしみじみ感じる素朴なおいしさ。
最後にご飯とお味噌汁で〆て、もう大満腹。ちなみにお味噌汁には大ぶりのなめこがたっぷりと入れられ、つるりとした食感と丁度よい塩梅の味噌の優しさがお腹の底へと沁みてゆきます。
部屋へと戻り、布団で過ごす食後の怠惰。お腹も落ち着いたところで、今宵のお供を開けることに。まずは陸前高田の酔仙酒造、岩手の地酒。十数年前に出逢って以来、僕の大好物。しっかりと日本酒のおいしさはありながら、バランスが良く飲み飽きないおいしいお酒。
漆黒の夜闇の中今宵最後の大日湯を味わい、続いてのお酒を。遠野市は宮守川上流生産組合の醸す遠野どぶろくからくちを開けます。からくちの名の通り、甘さのないすっきりとした飲みごたえが印象的。
続いては、遠野どぶろくのあまくちを。先ほどのからくちは日本酒寄りの印象でしたが、こちらはいわゆるどぶろくといって想像する豊かな味わい。それでいて甘すぎることはなく、するすると飲めてしまう危険なお酒。
岩手の恵みに酔いしれ、気の向くまま湯屋へと向かうという贅沢。夜の大浴場は静けさが支配し、聴こえるのはお湯の流れる心地よい音色だけ。
眼を閉じ静かに味わう、栗駒の恵み。肌を包む温もりに、硫黄の宿る湯けむりの香り。こんな穏やかな夜がいつまでも続いてくれたなら。そんな叶わぬ願いを、須川の夜に溶かしてゆくのでした。
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