ついに念願の叶った、馬籠から妻籠への中山道歩き。江戸の旅人に自分を重ねる時の旅路を終え、『南木曽町地域バス』に揺られ無事に南木曽駅に帰還。
駅前のお土産屋さんで朴葉味噌やそばを買い、窓口で自由席特急券を購入し静かなホームで列車を待つことに。かつての賑わいを思わせる長いホームに寄り添うように広がる、大きな貯木場。昔はここにも小さな林鉄が出入りしていたことでしょう。
木曽路で過ごした3日間の想い出に浸りつつ待つことしばし、名古屋行きの特急しなの号が静かに入線。
まさか、この列車に乗ることが叶う日が来るとは。東のあずさ、西のしなの。どちらも国鉄時代から走り続ける名門特急は、子供のころからの憧れだった。
中央線沿線に生まれ育ち今なお暮らす僕にとって、特別急行あずさ号は想い出と切っても切り離せぬ特別な存在。その一方で、繋がっているはずの鉄路の先を走るしなの号は、本当に憧れるだけの存在だった。
子供のころに本で見たしなの号は、あずさ号と同じ国鉄型国鉄色でもちょっと違って見えた。それが振子式電車だからこその重心の低さや車体断面の差だと知ったのは、もう少し大きくなってからのこと。
JR東海に乗ることなんて、新幹線か御殿場線か東海道線くらい。大人になってもそれは変わらず、いつしか四十を越してしまった。でも今日、ようやくしなのに乗ることができる。幼少期に抱いた夢が、三十年以上の時を経てついに叶おうとしている。
日帰り出張の帰宅時間に重なるためか、自由席はほぼ満席。先頭近くの通路側に運よく空席を見つけ、ほっとひと息。
馬籠宿の最寄りである中津川を過ぎ、木曽谷が終わった後も山あり谷あり川ありを行く中央西線。日本初の振子式特急電車である381系から使命を受け継いだ383系は、その山深い鉄路を車体を器用に傾け高速で駆け抜ける。
感覚で言ったら、中津川が東線の大月くらいで、多治見が八王子くらいなのかな。山深さが薄れ市街地の気配が増してゆく車窓にそんなことを考えていると、列車は千種に到着し大半の乗客が下車。
ガラガラになった車内で窓側へと移り、ぼんやりと眺める夕刻の車窓。列車は金山を過ぎ、ついに東海道線や新幹線と並走するように。それはすなわち、中央本線の旅の完結を意味する。僕の細胞一つひとつにまで染み込んだ日常のその先まで、ようやく全てを感じることができた。
何だろう、この嬉しくも切ない複雑な感情は。願い続けてきた「いつもの先」を知ることのできた歓びと、達成感からくる燃え尽きにも似たちょっとばかりの物寂しさ。
そんな幾許かの感傷を抱きつつ眺める、夕日に煌めく名古屋駅。いつもの鉄路を繋いでたどり着いたいま、きっと気のせいだろうが、これまでよりもほんの少しだけ遠いようでいて身近に感じてしまう。
今回名古屋経由での帰京を選んだ理由は中央本線完乗ともうひとつ、どうしても味わいたいあの名物があるから。ということで名鉄百貨店本館9階に位置する『まるや本店』名駅店で、この旅の有終の美を飾ることに。
帰りの新幹線まではまだ余裕があるため、今回は奮発して主役の前におつまみとともに一杯愉しむことに。
國盛をちびりと飲っていると、注文した2品が到着。まずはその名も名物!巻きたてうまきから。その名の通りできたて熱々、ふるっふる。名古屋らしくパリッと焼かれたうなぎは、熱々の玉子に巻かれちょどよく蒸らした状態に。優しい味わいの玉子とうなぎの香ばしさの共演に、思わず頬が緩んでしまいます。
早くも名古屋のうなぎの力強さに嬉しくなったところで、名古屋名物おつまみ3種盛りを。鶏ハムにされた名古屋コーチンはしっとりと旨味が濃く、真ん中の土手煮はさすが名古屋!と言いたくなるコクのある味噌の風味が堪らない。右の肝煮は言わずもがな、甘辛さの中に凝縮された旨味が國盛をどんどん誘います。
うまきと名古屋の味に気分よく進む酒。もう少しで無くなるかな?といったタイミングでひつまぶしを注文します。うなぎの量でお値段が変わりますが、久々の名古屋、そして久々のひつまぶし。今回は思い切って上を頼んでしまいました。
運ばれてくるとともに、鼻をくすぐる魅惑の香り。そして目を引くのが、パリッと焼かれた香ばしそうな身。おひつの中で何度かかき混ぜ、まずはそのまま味わうことに。
茶碗によそい、待望のひと口。本当にパリッと音がしそうな食感とともに広がる香ばしさに、やっぱり関東とは違うと頷いてしまう。
正直、名古屋のひつまぶしに出逢うまでは、東京のうなぎが一番おいしいと思って生きてきた。でもあの日、初めて名古屋のうなぎを食べてから、この街は僕の中で同率一位に。
蒸して焼いてを繰り返し、箸で割けるほどのふわっふわな東京のうなぎ。一方で、蒸さずに脂を残したままパリッと焼き上げる名古屋の香ばしいうなぎ。もうそんなの、比較できるわけないじゃん。同じ食べ物とは思えぬ仕上がりの違いに、旅して食文化に触れることの悦びを噛みしめます。
続いては、薬味をのせて一杯。わさびや大葉の爽やかな風味がうなぎの脂を程よく中和し、これまた違ったおいしさに。三杯目は、ひつまぶしといえばのお茶漬けで。上品な風味のだしにうなぎの旨さが浸みだし、さらさらといくらでも食べられそう。
そして〆の四杯目は、お好みで。僕はやっぱり、薬味のせがお気に入り。個性の強い薬味にも負けぬ名古屋のうなぎの力強さを、最後のひと粒まで余すことなく味わい尽くします。
いやぁ、旨かった。これまで名古屋ではあつた蓬莱軒以外行ったことがありませんでしたが、そことはまた違ったおいしさだった。蓬莱軒はたれが好み、まるやは焼き方がすごい。
こりゃ奥が深い。お店ごとにきっと違うおいしさに溢れているはず。気をつけないと、名古屋に来たら毎回ひつまぶしになってしまう。口も心もうなぎの余韻に支配され、大満足で夜の名古屋駅を眺めます。
大勢の人々の行き交うコンコースを抜け、これまた多くの旅客で賑わう新幹線上りホームへ。そういえば、東海道新幹線で家路につくなんて何年ぶりだろう。そう思い記憶を辿ってみると、最後はもう9年も前だったらしい。
乗り慣れたJR東日本の新幹線ではどうしても感じてしまう帰京の寂しさも、久々の東海道新幹線となれば新鮮さの方が勝ってしまう。初めて乗る改造ではない純粋なN700Aに心躍らせていると、新幹線は音もなく東京目指し静かに発車。
都区内発、都区内行き。この1枚の乗車券に詰まった旅情は、忘れ得ぬ一生の思い出に。
生まれ故郷、そしていま暮らす街を通る中央線。そのいつもの先に待つ、まだ見ぬ景色を求めて出発した今回の旅。初めての中央西線沿線は、中央東線とはまた違った魅力に満ち溢れていた。
経由に書かれた、中央東・中央西・新幹線。それはすなわち、甲州街道から中山道、そして東海道を鉄路で辿る旅。古の人々の移動の欲求が街道を創り、それをなぞるようにして鉄路が生まれ。ルートの変遷はあれど、人々の繋いできた交通というものが今なおその地で生き続けている。
日常の、その先を見てみたい。そんな欲求に駆り立てられて出た今回の旅。そこで待っていたのは、冷たくも温かい湯であり、温もり溢れる宿であり、そして江戸から続く旅人の足跡であり。
初めての中央西線、そして初めての木曽路。なぜか今まで訪れる機会に恵まれなかったけれど、そこで出逢えた感動はきっと一生忘れない。棧温泉でもらったお土産のお菓子を頬張り、心の奥に温もりを灯しつつ夜の東海道を駆け抜けるのでした。
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