5月下旬、僕は鬼怒川温泉駅に降り立った。中央、埼京、宇都宮線から東武日光、鬼怒川線へ。6時半過ぎに最寄り駅を発ってから3時間超、5つの列車を乗り継ぎようやく到着。
でもここは、あくまでも目的地への玄関口。ここから更に、山奥へ。駅前のロータリーにぽつんと佇む『日光市営バス』のマイクロバスに乗り込み、関東最後の秘湯の異名を持つあの温泉郷を目指します。
鬼怒川公園、新藤原、龍王峡、川治温泉と鉄道に沿って進み、五十里ダムを過ぎると意を決したように山へと挑み始めるバス。エンジンを唸らせ川治ダムの堤体まで一気に標高を上げ、そこからは鬼怒川に沿って上流を目指し延々と走り続けます。
鬼怒川温泉から40分ほど走り、青柳車庫バス停に到着。まだまだ先は長いため、ここでトイレ休憩をはさみます。
バスから降り、山里の爽快な空気の中深呼吸。すると遠くに見つけた、ひと筋の滝。鮮やかな緑に覆いつくされた山の中、ぽかんと顔を出す荒々しい岩盤。そこをするすると伝い落ちる白い姿に、思わず目を奪われます。
青柳車庫から、再び鬼怒川の流れに沿って県道23号線を進むバス。旧栗山村の中心地を抜け山懐へと分け入ってゆくと、いつしか標高はさらに上がり稜線との距離感もぐっと近いものに。
平家落人伝説の残る旧栗山村を奥へ奥へと進み、鬼怒川の最上流に位置する川俣ダムへ。ここまでくれば、もう少し。堤体上から緑に彩られた川俣湖を見送り、点在する温泉地を伝うようにバスは走ります。
いやぁ、遠かった。鬼怒川温泉駅を出発し山道を辿ること1時間35分、県道とこのバスの終点である女夫渕駐車場に到着。会社の仲間と初めて来たときは、ここに大きな露天の連なる温泉宿があった。そんな遠い記憶に浸っていると、最後の乗り継ぎとなる宿の送迎バスがやってきました。
ここから先は、環境保護のため一般車両は通行禁止。奥鬼怒スーパー林道と名付けられてはいますが、林道は林道。洗堀や大小の落石のある未舗装の道を、マイクロバスは慎重に登ってゆきます。
早いもんだな。前回ここを通ったのはもう2年前か。相変わらずのデコボコ道に揺られまくっていると、バスはスーパー林道を外れ谷底へ。想い出の宿である加仁湯を過ぎると、眼下にはか細くなった鬼怒川の流れが寄り添うように。
女夫渕駐車場から未舗装路のワイルドさに非日常を感じること30分、ついにこの旅を動機づけた宿である『八丁の湯』に到着。ずっとずっと来てみたかった。そんな焦がれ続けてきた宿との対面を果たし、思わず感慨に耽ってしまう。
そんな感慨を一層深めるのが、この距離感。最寄り駅を発ってから6時間、ようやく12時半にたどり着いた一軒宿。これじゃ自宅から青森は八甲田の酸ヶ湯に行くより遠いや。関東最後の秘湯の異名は伊達ではない。奥鬼怒を訪れるのはこれで三度目だけれど、噓偽りなく最奥だ。
この宿のチェックインは14時から。12時半着の送迎バスで到着した宿泊者は、レストハウスであるヒマーリカフェ&ガイドに通され宿の説明を受けます。
送迎バス乗車時にランチの希望を聞かれるため、僕はそこで煮込みうどんを注文。ログハウス風のゆったりとした空気感に身を委ねていると、思っていた以上に立派なお膳が運ばれてきます。
具だくさんの鉄鍋を火にかけ、ぐつぐついったところでまずはおだしを。うわ、優しっ!薄味ながら具材の旨味がしっかりと溶け込み、早起きして電車とバスを乗り継いで遠路はるばるやってきた心身に沁みわたるよう。
たっぷりのきのこにほっくり甘い根菜、皮目が炙られ香ばしさを演出する旨味の詰まった柔らかジューシーな鶏肉。細めのうどんが上品なだしを吸い、揚げ玉や温玉を絡めればまた一段コク深い味わいに。
うどんだけでもボリューム感がありますが、炭水化物好きには嬉しい白いご飯も。お供には具だくさんのふき味噌が添えられ、ほろ苦さと凝縮感ある複雑な旨味がご飯に合わぬ訳がない。
早起きして頑張ってここまで来てよかった。まだチェックイン前だというのに、すっかり染められはじめた八丁の湯の世界観。まだ旅は序盤も序盤。それなのに早くも感じる充実感に驚きつつ、熱々のうどんをはふはふ頬張るのでした。
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