高原で迎える静かな朝。窓を開け行き交う薄雲を見上げていると、一気に部屋へと流れ込む冷涼な空気。その寒さにしゃっきりと眠気も覚め、翡翠の湯が待つ浴場へと向かいます。
朝から硫黄分を存分に補給し、お腹もすいたところで朝食会場へ。オムレツやたけのこの土佐煮、焼魚といったザ・朝食といった品々のほか、お鍋では水餃子が温められています。
おかずや海苔、野沢菜と共に頬張る白いご飯。久々に旅先で過ごす朝のゆとりが心に沁み、改めて旅はいいなぁとしみじみ思えてしまう。やっぱり僕には、こんな時間が必要なんだ。
美味しい朝食で満たされた帰り道、廊下の先がやけに明るいので向かってみると、いきなり眼に飛び込むこの景色。今月のオープンを目指し、ゲレンデでは日々降雪機が頑張っている模様。早くも姿を現す白銀の帯に、いつかは志賀高原を滑ってみたいと久しぶりのスキー欲が湧いてきます。
午前の大浴場の清掃時間が過ぎ、午後からは再び大きな露天が魅力的な碧落が男湯に。今日は土曜日、立ち寄り湯のお客さんもいたためカメラを手放しお湯との戯れに専念します。
しっかりと茹だったところで、部屋に戻って冷たい幸せを。抜けるような空の青、山を染める樺の白。そんな爽快な眺めつまみに喉へと流すビールは、筆舌に尽くしがたいほどの潤いを心へと届けてくれるよう。
ただひたすらに、何もせずぼんやりと過ごす午後の時間。連泊を満たすこの甘美な贅沢を、一度知ってしまうともう戻れない。ここしばらく、自由に旅ができない時期が続いていた。そんな時だからこそ、改めて旅できることの幸せとこうして静かに向き合っていたい。
飲んで、浸かって、耽って、微睡んで。そんな怠惰に身を委ねていると、あっという間に高原の空に忍び寄る夜の気配。早い、早すぎる。愉しい時間というものは、本当にあっけなく過ぎてしまうもの。
程なくして辺りは暗くなり、もう夕食の時間。今日は志賀高原のスキー場オープン日だったらしく、昨日までとは打って変わって食堂は大勢の人々の賑わいで満ちています。
僕の勤める会社も含め、観光に携わる多くの会社が苦境に立たされている今。そんな中で肌に感じるこの活気に、思わずホッとしてしまう。いつもなら静かな旅を好む僕ですが、今夜はなぜかとても心地よく感じてしまう。
そんな中、地酒片手に味わう山の幸。今夜もまずは大好物の根曲がり竹から。重たいと知りつつも水煮の瓶をお土産に買って帰るほど、この3泊ですっかり虜に。
厚めに切られた牛の陶板焼きは柔らかく、しっかりと感じるジューシーな脂の甘味と旨味。あんかけのお芋の饅頭の中には、甘辛く味付けされたきのこそぼろが。崩して食べれば、ほっくりとしたおいしさが広がります。
続いて運ばれてきたのは、焼き立ての鰆の西京焼き。箸で割ってひと口頬張れば、ほくほくとした身から鰆の旨い脂とともに味噌のほんのりとした甘味が染み出てきます。
好物の野沢菜とご飯で〆て、スキー宿の賑わいの余韻に浸りつつ部屋へと戻ります。もう後は、お酒とお湯に浸る時間。まずは上田市の沓掛酒造、福無量純米酒を開けることに。お米の旨さを感じつつ、すっと飲みやすいおいしいお酒。
続いては、岡谷市は豊島屋の神渡純米吟醸原酒。原酒というだけありしっかりとした濃さの中に甘味や酸味が感じられ、ちびちび飲みたい旨い酒。
そして信州での最後の夜の〆にと選んだのは、池田町の大雪渓特別純米酒。かれこれ15年ほど前、職場の温泉仲間で信州を巡った際に出会って以来大好きなお酒。その名の通りきれいさを感じさせる飲み心地で、美しい信州の山並みが浮かぶよう。
秘湯でひとり静かに過ごす夜もいいけれど、ゲレンデの活気を感じさせる今日のような夜もまたいい。翡翠の湯に浸かりながら耳に入る初滑りの声に、忘れかけていた白銀の世界への憧れが甦る。
ふと足元を見れば、絨毯にはシュプールを描くスキーヤーの姿。ロビーに展示された資料と共に、古くからお湯とスキーを楽しめる宿として愛されてきた歴史が伝わるよう。
昨夜までは湯治場然とした渋い湯屋で翡翠の湯に浸り、今夜は冬の宿としての賑わいに包まれ。ひとつの滞在で熊の湯のふたつの顔に触れ、なんだかちょっと得した気分。
もう何年も滑っていないけれど、久々にものすごくゲレンデに立ちたい気分。古くから雪山リゾートとして栄えてきた志賀高原には、人をそんな気持ちにさせる力があるのかもしれない。思いがけず浸れた冬山気分に、高原での夜はまた違った輝きをみせるのでした。
コメント