東尋坊で地球のもつ壮大な力に圧倒され、そろそろ今宵の宿を目指すことに。古き良き海辺の観光地の情緒漂う商店街を抜け、バス停から『京福バス』の芦原温泉駅行きに乗車します。
東尋坊から先も、休暇村や水族館といった海岸沿いの観光地を経て走るバス。車窓に広がる鉛色の日本海は、まさに火曜午後10時50分の世界観。晴れ空と青く染まる海原は次への宿題とし、今日はこの風情に浸っていたい。
重たい色をした海に別れを告げ、窓の外には緑に染まる田園が。そんな豊かな車窓を愉しむこと30分、あわら湯のまち駅で下車。福井きっての温泉場である芦原温泉は、えちぜん鉄道のこの駅が最寄りとなります。
駅前から歩くこと2分ほど、今宵の宿である『あわら温泉グランドホテル』に到着。館内で湯めぐりを楽しめるというだけあり、4つの棟からなる大規模なホテル。
この旅唯一の地上泊、出迎えてくれる畳の感触が嬉しい。初めて自分で旅する福井、当初は夜の宴を愉しもうと福井駅周辺のビジネスホテルに宿泊するつもりでした。ですが予約サイトを探していると、1泊素泊まりで7,000円を切るというお得なプランを発見。温泉も楽しめるし一石二鳥、迷わず即決。
荷物を下ろして浴衣に着替え、さっそくお風呂へ。まずは明るいうちにと、男女入れ替え制の展望風呂ひのきへ。長生館の最上階、4階に設けられた檜風呂。大きな湯船には無色透明のさらりとしたお湯が満たされ、ぐるりと広がる窓からは旅館の建ち並ぶ芦原の街並みが。
明治時代に灌漑用の井戸を掘ったところ、温泉が湧出したことにより誕生した芦原温泉。共同管理ではなくそれぞれの宿が源泉を持っており、泊まる宿や浴場によっても源泉が異なるそう。
柔らかな浴感ながらしっかりと温まる、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉。湯上りに畳の肌触りを感じつつ汗をひかせたところで、いよいよ初めての福井の夜へと繰り出します。
駅近くのYショップで明日の朝食を買い、駅前ロータリーに隣接する『あわら温泉屋台村湯けむり横丁』へ。
様々なジャンルの小さなお店が並ぶ一画。その中で、お目当ての『肴家奏』が開いていたのでお邪魔することに。
席が空いていてよかった。ほっとひと息つき冷たいビールを味わっていると、お造り盛り合わせが到着。
かれいはコリっとした身に程よい脂と深い滋味が宿り、まぐろはしっかりしとた赤身の旨味。身の締まったかんぱちは歯ごたえもよく、脂や味の乗りもバッチリ。
そして特に印象に残ったのが、名水サーモン。大野市の清冽な水で養殖されたニジマスは、その鮮やかな色味からも伝わるような濃い旨味。それでいていわゆるサーモン臭さや妙な脂っぽさはなく、サーモンのいい部分を凝縮したかのような旨さ。
越前の地酒に切り替えお造りを味わっていると、ついに本場の地で大好物とご対面。さばをぬか漬けにした、福井名物のへしこ。焼いてもおいしいのですが、今回は生で味わうことに。
しっとりとした琥珀色の熟成感溢れる見た目に、堪らずちびっと齧る。その刹那、口から鼻へと抜けゆくさばやぬかの香りと存分な旨味。
これまでもへしこは好きで食べる機会がありましたが、これにはちょっとびっくり。保存性を高めるためか塩辛いものが多いなか、このへしこはその手前のしょっぱい止まり。絶妙な塩分だからこそ味わえる、魚の旨味と発酵食品ならではの旨味の凝縮感。
控えめに言って、感動ものだわ。本場で出逢えた絶品の味わいに福井の酒を加速させていると、続いてできたて熱々の山うに出し巻きが。
山うにとは、柚子と唐辛子、塩などを合わせた鯖江の伝統的な調味料なのだそう。ふるふるのだし巻きには中辛の山うにが混ぜられており、ふんわり上品なだしにぴりりとした風味が心地よく香り立つ。添えらえた大辛をちょんとつければ、越前の酒をもっと呑めと誘う魅惑の刺激。
福井を呑む初めての夜、いいお店に入れて良かったな。どれもおいしい品々に、次の注文はと嬉しい悩み。せっかくだからまた福井っぽいものをとも思いましたが、ここ数年ご無沙汰だったどじょうに惹かれて唐揚げを頼みます。
カラカラと油の音をつまみに吞むことしばし、どん!と盛られたどじょうの唐揚げが到着。すぐさま箸でつまみ、熱々をサクッと。カリッカリさっくさくに揚げられたどじょうは、細身ながらしっかりと味わえる白身のほっくり感。
噛めば口中に広がるじんわりとした旨味と香ばしさ、そしてちょっとばかり感じるほろ苦さ。臭みなどはもちろんあるはずもなく、古くから愛される庶民的な淡水魚がごちそうへと昇華する様を目の当たりにしたような感動が。
温泉地での素泊まりはあまり経験したことがないけれど、こんな旨い居酒屋さんがあるなら全然アリだな。どれもこれも逸品ぞろいに福井の地酒も進み、最上の心持ちでお店を後にします。
初めて過ごす越前での夜。いやぁ、それにしてもよく飲んだ。いや、量を呑んだという感じではなく、思うままに呑めたという豊かな実感。そんな酒好き冥利に尽きる至福に揺蕩い歩く、湯のまち広場。
幻想的な灯りに包まれる夜の広場。その一画には、芦湯と名付けられた総檜造りの建物が。風に吹かれ妖しく揺れる提灯に、どこか違う世界への入口であるかのような錯覚が。
中から漏れるぼんやりとした灯りに誘われ足を踏み入れれば、ずらりと連なる足湯。2つの源泉を持ち、5つの浴槽が設えられているこの芦湯。物語のような妖しげな世界観の中、掛け流しのお湯を楽しめます。
ほろ酔い気分で眺める、芦原温泉の夜の顔。灯りの織り成す幻想的な光景に夢見つつ、部屋へと戻り宴の続きを。丸岡は久保田酒造、富久駒純米吟醸生貯蔵酒爽。しっかりとした酸味に旨味を感じる、すっきり飲みやすい旨い酒。
物産展だけでは出会えなかった、未知なる福井の味と酒の数々。やっぱり現地に赴いてなんぼ、だから旅はやめられない。そんな旅の醍醐味に満たされ、今宵最後の湯浴みを愉しむことに。湯元館の大浴場、静の湯へと向かいます。
リニューアルされたばかりなのか、まだ新しさを感じさせる湯元館。石造りの湯屋や湯船も同様で、落ち着きある渋さの中にモダンな雰囲気が漂います。
石の肌触りが心地よい、自分のためだけにお湯が掛け流される石釜風呂。ゆっくりと身を沈め、ざばんと溢れる湯の音に贅沢を噛みしめ目を閉じる。
そういえば、福井に上陸したのは今朝だったのか。そのことが嘘のように思えるほど、濃密な一日だった。
北海道滞在6時間という強行スケジュールを経て、太平洋から日本海へと渡り辿り着いた越前の地。初めて目にし味わい、そして感じるすべてのことに、未知なる地を旅する悦びというものを改めてしみじみと実感するのでした。
コメント