盛岡から2両編成のワンマン列車に揺られること約40分、花巻駅に到着。初めてここを訪れてから10年。この間に一体何度ここに降り立ったことか。こうしてまた来ることが出来る。本当に幸せなことです。
今回は、予約制の宿泊者用『送迎バス』に乗車。すると、新花巻から既に大勢のお客さんを乗せて来たバスは満員状態。3日分の食糧を持って乗った僕は、ひとり分のスペースに体と荷物を収めるのに一苦労。それだけ、この花巻南温泉峡が賑わっている証拠。各地の温泉が苦戦している中で、こうして賑わう姿を見るとホッと一安心。
荷物に挟まりながらバスで30分、この旅を動機付けた宿である『大沢温泉湯治屋』に到着。そう、禁断のアレとは、湯治なのでした!!
ここに滞在するのはこれで3度目。前回、前々回と4泊でしたが、今回は自分史上最長の6泊湯治。いやぁ、暇過ぎたらどうしよう♪って、そんなことには絶対にならないのは体験済み。濃厚かつ長期間の湯治が、いよいよ幕を開けます。
帳場でチェックインし、自分の靴を持って番頭さんの後ろをついて部屋へと向かいます。この感覚久しぶり。靴を持って自室に向かうという経験は、ありそうで無い湯治場ならではのもの。
そして通された部屋を見ると、何だか見覚えのある避難はしご。そう、丁度3年前の同じ時期に訪れた時と同じ部屋が用意されていました。単なる偶然なのでしょうが、本当にびっくり。文字通りの「帰ってきた」感が物凄い。
そして番頭さんの利用案内も、前回まではきっちり全て説明されましたが、今回は「使い方は大丈夫ですよね?」程度の簡単なものに。宿泊記録で何度目か分かるからかもしれませんが、それでも何となく覚えてくれているようで嬉しくなってしまいます。
前回から3年振りに訪れた大沢温泉。窓の外には、前回と同じように、燃える紅葉を背負った茅葺屋根と水車小屋の眺め。3年振りに来ても変わらない空気感。これを味わいたいがために、長い休みを頑張って取ってきたのです。
3年という月日の長さと、過ぎた時間の短さという相反する感覚に襲われ、しばし時を忘れて景色を眺めそうになります。が、ここは我に返り、生鮮食品を冷蔵庫にしまわなければなりません。
今回の買い出しはこちら。さんまのすり身やほたてひも、いわて牛に南部福来豚。野菜類は二子の里芋、アスパラ菜、大根菜、菊のほか、秋らしくきのこ類も。
さらにキャベツや大根、白菜のお漬物や、盛岡納豆、豆腐、大きな揚げ、焼まつも、しょうゆ、味噌と、全て「岩手」のものばかり。
岩手尽くしの食材を片付け、3年振りのあの大きな露天風呂へ。お風呂の写真は追々載せていきます。また、2012年の春と秋の旅行記も見て頂ければと思います。
川の音を聞きながら、巨大な湯船に浸かる瞬間。肩まで入りきれば、お腹の底から嬉しいため息が溢れてくる。久しぶりに来ても変わらぬ姿で迎えてくれる。裏切らない安定感があるからこそ、こうして何度でも、そして何泊でもしたくなり、訪れてしまうのです。
久々に味わった大沢温泉の世界感。冷たいビールのほろ苦さと共に噛みしめるひととき。これこそが、真の贅沢、真の幸せ。
ビール片手に箱庭のような景色に見とれていると、気が付けば日暮れを迎えていました。ここからが、湯治の本番。自分の食べたい食材を自分の食べたいように調理する。自炊湯治の一番の楽しみと言っても過言ではない、夕餉の準備に取り掛かるとします。
食材を持って調理場へ行ってみると、前回とは少し違う雰囲気に。そうだ、柱や窓枠の色が水色からこげ茶に変わっている。そう言えば宿の名前も「自炊部」から「湯治屋」に変わっていましたが、その時に若干の手直しをしたようです。
でも、何が嬉しいかと言えば、きれいにしても、古さが持つ味を失っていないところが本当に良い。何でもかんでもきれいにすればいいという訳ではなく、持ち味をしっかり残してあり、全く違和感がありません。
広い調理場で、10円の瓦斯自販機でぐつぐつ、ぐつぐつ。簡単ですが、湯治の始まりに相応しいおつまみ達の完成です。
お鍋はきのこと豆腐、さんまのつみれ汁。さんまのすり身には味噌を少量加え、おつゆは理研の素材力昆布だしと岩手のしょう油であっさり味付け。きのことさんまの旨味がしっかり染み出ています。
お浸しは、青菜2種。アスパラ菜は甘味が豊かで、大根菜はシャッキシャキの歯ごたえと瑞々しさ。しょう油で、そして時折マヨネーズで楽しみます。
そしてお漬物3品。大根のあっさり漬けは文字通り生の大根の瑞々しさを残した薄味で、皮の風味と食感がポイント。白菜浅漬けも丁度良い塩分でしょっぱすぎず、白菜漬け好きには堪らない旨さ。
そしてキャベツ半分をドカンと漬けたものは、唐辛子が入っていてくせになるピリ辛味。どれも岩手のメーカーのものですが、料理を作らずともこれだけでも飲めてしまいそう。
そんな初日の夜を彩るのは、陸前高田市は酔仙酒造の、岩手の地酒純米酒。自在鉤のラベルが印象的な、素朴で柔らかく、すっきりとした飲み飽きないお酒。
蔵は震災で大船渡に移転しましたが、こうして同じラベルのお酒を飲めるのが本当に嬉しい。もう地元のスーパーでは手に入らないので、こうして岩手に来て飲むのが楽しみになっています。
好きな地酒と共に美味しい岩手の幸を楽しみ、遅くなる前に片付けを。木造の宿で、基本的にみんな早寝。なので音の出る作業は早めに終わらせておきます。
食器を洗って戻し、寝床の準備を。これが僕の万年床ならぬ六日間床。幸福の舞台の完成です。
今回は、焦らずとも6日間もある。その心の余裕が、即ち時間の余裕にもつながる。
あれもしたい、これもしたい。いつもそう欲張ってしまいがちな僕ですが、何をするにも充分すぎる程時間があると思えば、心の底から力が抜け、脳の芯からほぐれてゆくのが手に取るように判ります。
これこそが、湯治の持つ魔力。一度これを味わうと、二度と忘れることが出来なくなる。忘れられないなら、存分に浸ってやろうじゃないか。僕の自堕落な暮らしが、こうして始まるのでした。
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