到着後2度ほど冷温交互浴を愉しみ、心なしかすっきりとした気分で迎える木曽路の夜。V字の谷に夜闇が流れ込み、もう間もなく辺りは漆黒の世界に。次第に色彩を失いつつある中、その存在感を増してゆく赤いかけはし。
暮れゆく木曽川の流れを眺めているうちに、もう夕食の時間に。広間で待つことしばし、今宵の宴の幕が開けます。
まずは前菜から。菜の花や葉わさび、うどといった春の到来を感じさせる香りをつまみに、地酒中乗りさんをくいっと。こちらのお宿には何種類もの中乗りさんが用意され、あれこれと説明を聞きながら選ぶのもまた楽しい。
鱒は塩焼きかな?と思いきや、自家製のたれ焼きに。たれにありがちな変な甘さやクドさはなく、鱒のほっくりとした滋味に程よい凝縮感を与えるコクと旨味がとても美味。
牛のお鍋は薄味のだしが張られ、たっぷりと加えられたきのこや野菜、そしてせりのしゃっきりとした歯触りと香りを活かす味付け。
続いて運ばれてきたのは、大好物の馬刺し。濃い色をしたその見た目通り、しっとりとした舌ざわりの赤身に宿るしっかりとした濃い旨味。これは堪らん。中乗りさんが進んでしまう。
馬刺しの余韻に浸っていると、続いて鶏の味噌煮が運ばれてきます。甘辛い味噌で煮込まれた鶏肉は、コク深い味わいが美味。合わされた小さな新じゃがやうるいは薄味のだしで煮られ、素材の味わいを最大限活かす味の強弱の対比が印象的。
次に運ばれてきたのは、小柱の鉄砲和え。甘味の詰まったぷりっとした小柱、これまたしゃきっと甘いわけぎ。それらを丁度良い塩梅の辛子酢味噌がまとめ、ちょっとずつつまんで中乗りさんをちびちびと愉しみたいひと皿。
続いては、揚げたての天ぷらが。うどの芽、こごみ、ふきのとう。春の山のもたらす香りがふわっと広がり、この季節に旅に出てよかったと思わせてくれる。そして海からも春の恵みが。衣に包まれたほたるいかは、風味とともに溢れるワタのコクが堪らない。
そして衝撃的だったのが、梅型の白いやつ。これ実は、中乗りさんの酒粕。生まれて初めての食べ方に、どんな感じだろうと興味津々でひと口。さくっとした食感の後にとろりと解け、ぶわっと広がる酒粕の香りと旨味。酒粕ってこんな旨い食べ方もあるんだと、今日何度目かの新鮮な感動を覚えます。
のんびりゆったり、おいしいものを味わうひととき。その夕餉の〆にと運ばれてきたのは、鯛の汁かけご飯。海老、錦糸卵、しいたけとともに、焼いた鯛のほぐし身が。必要最低限の塩分で調えられた上品なだしとともに味わえば、お腹にも心にも優しい温もりが広がります。
いやぁ、どれも本当においしかった。ゆっくりと1時間半ほど掛けて夕食を味わい、大満足で部屋へと戻り宴の続きを。まず開けたのは、松本は岩波酒造の岩波純米酒。しっかりとお米の旨さを感じる、ふくよかな味わいが印象的。
地酒を味わい、気が向いたら冷温交互浴へ。体中に鉄の香りを纏わせ、湯上りに再び味わう信濃の酒。そんな夜のお供の2本目に選んだのは、木祖村は湯川酒造店の木曽路特別純米酒。1年以上熟成したというお酒は、まろやかさを感じさせる落ち着いた味わい。
木曽路で更けゆく、静かな夜。人生半ばにして僕のルーツともなる中央本線の未知なる区間に足を踏み入れ、初めて訪れる木曽の地で出逢えた個性的な湯と手作りの美味なる食や酒。
未知なる木曽路の旅は、まだ始まったばかり。これはすごい旅になりそうだ。この先に出逢うであろう新鮮な体験の予感に心震わせ、木曽川のほとりに流れる穏やかな夜に身を任せるのでした。
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