一ノ関駅からバスで日本の背骨へと挑むこと1時間半と少し、ようやくこの旅最初の目的地である須川高原温泉に到着。下車した途端に鼻をくすぐる硫黄の香に、これから2泊の僕の幸せが約束されたも同然。
青空のあまりの爽快さに振り返れば、そこはもう秋田県。直下には秋田側に建つ栗駒山荘が見え、その先には延々と連なる山並みと鳥海山。さすがは標高1,126mに位置する高原宿。この空の近さは、実体験してみなければ伝わるまい。
明日からは雨予報。この晴天を存分に胸へとしまうべく、何度も何度も深呼吸。その度ごとに鼻腔を悦ばせてくれる香りの源へと歩いてゆけば、そこには勿体ないと思えるほどの源泉が流れてゆく湯の川が。
あまりにも雄大かつ爽快なロケーションを味わい、チェックインを終えて部屋へと向かいます。ここがこれから2泊、僕の城。連泊のゆとりとは、到着したときの心もちからもうすでに始まっているのです。
浴衣に早速着替え、まずは須川高原温泉といえばの大日湯へ。6年ぶりとなる巨大露天との再会を愉しみ、続いて大浴場である須川の湯へ。広々とした木の浴槽には、須川の源泉がたっぷりと掛け流されています。
更に奥には、小さ目ながらも白濁の湯が滔々と湛えられた露天風呂も。いや、今の浴槽や大日湯を見た後だから小さ目と感じるだけで、普通の宿として考えればこれでも充分。そう思えてしまうほど、須川高原温泉のお風呂のスケール感は強烈なのです。
久々に味わう須川の湯の力強さを全身に受け、今回もただならぬ湯浴み体験の予感に包まれつつ自室へと戻ります。その道中、エレベーターホールからはこの眺め。須川のシンボルである大日岩と、その脇を流れる源泉の川を一望のもとに。
視線を右手へと移せば、眼前に広がるこの絶景。もうすぐそこは、見渡す限りの秋田県。まさに今、自分は日本の背骨のど真ん中。そのことが手に取るようにはっきりと解る光景に、思わず言葉すら失ってしまう。
あまりにも近く感じる空に心を掴まれ、湯と太陽の漲りの余韻に酔いしれつつ味わう冷たいビール。東京はまだまだ厳しい残暑に見舞われる9月上旬ですが、開けた窓からは爽やかな空気が流れ込みます。
早くも須川の自然に圧倒され、心も空っぽになったところで再び大日湯へ。男女別に分かれたこの巨大な浴槽を満たす、青白く美しい須川の湯。ここ須川高原温泉だけでなく秋田側の栗駒山荘へもお湯を分け、それでも先ほど見たようにそのほとんどが川となって流れてしまう。その湯量の豊富さにも圧倒されます。
濃厚な硫黄の香とシルキーな浴感が印象的な、とてもとてもよく温まる温泉。入りすぎると後々危険なことになるのは前回経験済みなので、適度に味わったところで上がります。
部屋へと戻る前に、夕刻の爽やかな空気を浴びつつちょっとだけ寄り道。雲と夕日、そして鳥海山のシルエットが織りなす幻想的な光景。ここへ着いてもう何度目だろうか、やはり言葉も忘れ見入ってしまう。
やっぱり須川は凄ぇや。6年前にもらった感動を、到着後ものの数時間であっという間に超えてくる。きっと今回も良い連泊になるに違いない。そんな予感に胸躍らせていると、だいぶ空も暮れもう夕食の時間に。
食堂へ向かうと、テーブルには美味しそうな品々が並びます。まずはふきの煮物やれんこんのなますといった山の幸片手に、地酒を始めます。枝豆真丈や鶏団子の煮物も薄味で、素材の味を感じる丁度よい塩梅。
そして今宵のメインは、岩手県の銘柄豚である白ゆりポークの焼肉。きめ細かさと適度な弾力、そして甘味があってこの豚自体もおいしいのですが、おもしろいのはその食べ方。岩手秋田宮城にまたがる栗駒山に因み、その3県の焼肉のたれの食べ比べを楽しめます。
岩手花泉、秋田横手、宮城気仙沼と、それぞれの味の違いを楽しんでいると、続いて焼き立て揚げたてが運ばれてきます。
まずは僕の大好物、鮎の塩焼きを。ほっくりとした身に宿る風味と滋味に、地酒が進まない訳がない。オクラやとうきびといった夏の終わりを感じさせる天ぷらは塩で味付けされ、熱々をサクッと味わいます。
最後に白いご飯となめこ汁で〆て、大満足で食堂を後にします。その途中、飾られた写真に目は釘付けに。これは今年の3月30日に撮影したものだそう。さすがは冬季休業を余儀なくされる宿。雪どけ時期を迎えてもこの積雪に、宿の建物が潰されずに残っていること自体がすごいとしか言いようがない。
部屋へと戻り、後はお酒とお湯に揺蕩う時間。そんな夜のお供にと選んだのは、僕の大好きな陸前高田は酔仙酒造の特別純米生貯蔵酒。いつも飲む岩手の地酒とは雰囲気を異にする、するりと飲める爽やかで軽やかなおいしいお酒。
満腹も落ち着いたところで、21時で閉まる前にと今宵最後の大日湯へ。玄関を出れば、9月上旬とは思えぬ涼しい夜風。少々の肌寒さを感じつつ視線を上げれば、夜闇にぼんやりと浮かぶ大日岩。
掛け湯をし、丁度よい塩梅のところを探りつつ静かに湯船へ。瞼を閉じれば、聴こえてくるのは湯の流れる音と虫の声。シルキーな肌触りのお湯に包まれ、深呼吸して存分に愉しむ硫黄の香。ふと目を開ければ、そこに鎮座するのは須川を守る大日岩。
このお湯との初めての出会いは、もう15年も前のこと。そのときは立ち寄りで訪れ、6年前にようやく念願叶って初宿泊。
もうあの頃とは、何もかもが変わったな・・・。「変わってしまった」ではなく「変わった」と思えることが、今はただ素直に嬉しい。
6年前、布団から起きることすら辛いほど、溜め込んだ疲れをどっと排出させてくれた須川の湯。今回は一体どんな変化が起きるのだろう。優しい浴感ながら肌に伝わる力強さに、早くも須川のもつ湯と自然のパワーというものを感じるのでした。
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