久しぶりの冬の青森の夜に揺蕩い、今朝はゆっくりめのお目覚め。ルートインには無料の朝食がありますが、今回は青森に来たら食べたい朝ごはんがあるため見送ることに。9時過ぎにチェックアウトし、お目当てのお店へと向かいます。
そのお店というのが、駅ビルの並びにある『長尾中華そば青森駅前店』。味噌カレー牛乳ラーメンとともに僕を魅了する、青森の誇る旨い麺があるのです。
朝7時に開店という、朝食にも使えるありがたいお店。さっそく食券を買い、ぬくぬくの店内へ。瞬時に包まれる良い香りに首を長くしつつ待つことしばし、お待ちかねの津軽煮干しラーメンが到着。
濃さの違うスープが4種類、そして太さの異なる麺も4種類。どの組み合わせにしようかと一瞬迷うのですが、結局今回もこく煮干しの手打麺を注文。1年半ぶりのご対面に胸を高鳴らせつつ、まずはスープをひと口。
うわぁ、これこれ、これですよ。スープを含んだ瞬間、舌から脳へとぶわっと伝達する煮干し感。ですが煮干し臭いということは決してなく、芳醇な味わいとして感じられる上限すれすれを行っている。濃厚そうな見た目に反してくどさは全く感じさせず、何事にも用法用量が肝心なのだと感心させられる絶妙な塩梅。
続いて、太目の手打麺をずるっと。その見た目通りもっちり感があり、煮干しに負けずしっかりと感じる小麦の風味。これがこくにぼのスープとよく合い、次また次と箸が止まらなくなる。
さっとコショーを振りかけて風味を華やげ、さらに途中で一味を加えて味を引き締め。あっという間に麺を完食してしまい、最後は無料のライスをもらい至福のスープ茶漬け。もう本当に、最高の煮干し体験。最後の一滴まで残さず平らげ、心身の隅々までほくほくになったところでお店を後にします。
アウガ地下に広がる市場を眺めつつ待つことしばし、良き時間になったところで建物南側の出口へ。するとセブンイレブン前には、すでに宿の送迎バスが。名前を伝え暖かい車内に乗り込み、発車の時を今か今かと待ちわびます。
このバスは宿の方の送迎バスも兼ねており、市内のところどころに停車しつつ南下。十和田湖を経て秋田大館へと通ずる国道103号線、通称観光通りへと入り進んでゆくと、行く手にはこれから4日間抱かれることとなる八甲田の山並みが。
どんどんと深まる雪を分け入りつつ走ること約1時間、この旅の目的地である『酸ヶ湯温泉旅館』に到着。今年は雪が多いらしく、12月半ばというのにもうこの積雪。
頬に感じる雪の清冽さに悦びを噛みしめ、いざ宿へ。時刻はまだ11時半前ですが、まずはフロントでチェックイン。これからお部屋に入れる時間まで、宿泊者なら無料でお風呂を愉しめるのが嬉しいところ。
荷物部屋にリュックとダウンを置き、手渡されたタオルを携えヒバ千人風呂へ。ここを訪れるのは4度目。約5年ぶりとなる対面を果たしたその湯屋は、まったく変わらぬ荘厳な雰囲気に満ちている。
まずは左側の冷の湯で掛け湯し、手前に位置する熱の湯へ。この浴槽は、足元から新鮮な源泉が自然湧出するという贅沢なもの。
柔らかいヒバの肌触りに身を委ね、湯屋を満たす真っ白な湯けむりに目を細める。全身を包むほどよい温もり、pH1.7の強酸性とは思えぬ滑らかな肌触り。前回の蔵王がシルキーとするならば、この浴感はミルキーと表したい。
続いて、奥の四分六分の湯へ。先ほどの熱の湯よりも湯温が高く、さらに酸性が強いためこちらの方が力強さを感じさせる。ですが不思議なことに、このお湯よりぬるめの熱の湯の方が湯上りの温かさが長続きするのです。
白濁の湯の温もりと千人風呂の世界観に存分に染めあげられ、湯上りに喉へと流す冷たい黒ラベル。はぁ、至福。これから4日間、こんな贅沢な時間が過ごせるなんて。ねぶたの灯りを愛でつつビールを味わえば、到着後一浴目だというのにもうすっかり骨抜きに。
湯上りの心地よい火照りも収まったところで、日帰り入浴でも利用できる休憩スペースへ。棟方志功の大きな絵やステンドグラスのうつくしい、御鷹々々サロン。その落ち着きあるぬくぬくとした空間から眺める、窓を染める銀世界。もうこれだけで、ここまで来た甲斐があるというもの。
座り心地のよい椅子に腰掛け、ほんのり微睡むゆるやかな時間。ふと空腹を感じ時計を見れば、時刻はちょうどお昼どき。魅惑のあのそばを味わうため、併設された鬼面庵へと向かいます。
今回注文したのは、期間限定だという酸ヶ湯山菜とろろそば。運ばれてくると同時に鼻をくすぐるだしの香りに誘われ、まずはおつゆから。
飲むと同時に、すっと体内へと吸収されゆくような素朴な優しさ。焼き干しで取られただしは味わい深く、青森らしく無駄な甘さのないすっきりとした潔さ。そこに濃すぎずのしょう油が塩気と深みを与え、延々と飲んでいたいと思える穏やかさ。
続いて、特徴的な麺を。箸でつまめば切れてしまいそうなほど柔らかいそばは、口に含めばほどける独特な食感。ほろりとした津軽らしい食感ですが、大豆などのつなぎを使わない十割そばのため、ふんわりと感じるそばの香りがまた堪らない。
わらびや根曲がり竹は、しゃきしゃきとした食感としっかり残る香りと味わい。山の知恵で保存されたこの味を知ってしまうと、東京で水煮の山菜など食べられなくなる。
たっぷり載せられたきのこも滋味深く、青森名産のとろろを絡めて啜ればほろほろとほぐれるそばとともに口中を穏やかな旨さが満たしてゆく。いつまでも、このおいしさに揺蕩っていたい。そんな願いは叶うはずもなく、手繰る手を止められずあっという間に完食を迎えます。
御鷹々々サロンで食後のお腹を落ち着け、ヒバ千人風呂で再びふやけたところでほどよき時間に。フロントに声をかけてみるとお部屋に入れるとのことなので、鍵を受け取り自室へと向かいます。
酸ヶ湯には旅館棟と湯治棟があり、どちらに宿泊するかで夕食の内容に違いが。旅館棟、湯治棟、旅館棟と3回宿泊しましたが、今回は自分に合った湯治棟で予約。
手渡された鍵を見ると、僕が泊まるのは六号館の模様。現代風に改装された一号館の先に広がるのは、これぞ湯治場という渋い世界。僕好みの空気感に早くも心酔しつつ奥へ奥へと進み、突き当りの階段を上りようやく自室へ。
今回用意されたのは湯治棟でも一番奥に位置する六号館、その2階の角部屋。これから3泊、ここが甘美な怠惰に溺れる舞台。窓を開ければ、白銀に抱かれる湯宿の渋い佇まい。人の往来を感じぬ4室のみの静かな空間は、冬を迎えに来たこの旅には似合いすぎる。
浴衣に着替え畳に転がり、ふと気が向いたら千人風呂へ。そんなゆるりとした幸せに身を委ねていると、あっという間に夜が来てしまった。シャワーのある玉の湯で頭を流し、夕食に備えます。
夕食は17時半から。旅館棟は広間で30分刻みの時間指定、湯治棟は食堂へ好きな時間に行けばいいという自由なスタイル。酸ヶ湯のお湯は腹を空かせるのだろう、17時半過ぎにそそくさと食堂へと向かいます。
食卓につくとうなぎと〆鯖が運ばれ、地酒を注文し宴の開始。薄味で風味を活かした根曲がり竹の炒め煮、しっかりと〆られた凝縮感が旨い炙り〆鯖。コク深い味わいの塩辛に海苔や海老の風味が嬉しいサラダと、どれも津軽の酒に合うものばかり。
そして嬉しいのが、日替わりで供される大鍋。今夜は、八戸名物のせんべい汁。からからと固い南部せんべいをお椀に入れ、そこへ熱々のおつゆをたっぷりと。ほどよくふやけたところでいただきます。
おつゆには、山菜や豆腐などの具材がたっぷり。それらの滋味が染み出ただしに、必要十分なしょう油の味付け。お腹の底から温まり、その温もりがこころにまで沁み渡る。
地酒を飲み干し、〆にうなぎや塩辛をおかずに味わう白いご飯。案の定おかわりしてしまい、結局満腹になり夕餉を終えます。
青森の幸が込められた旅館棟の夕食も好きだけれど、3泊するとなるとこれくらいがいい。品数は多くないがしっかりとおいしいご飯に満たされ、ほっくりとした心もちで自室へと戻ります。
あとはもう、心ゆくまで酒と湯に染まる静かな時間。そんな豊かな夜のお供にと、まずは十和田市は鳩正宗の醸す八甲田おろし純米酒を。しっかりとお米のコクを感じさせつつも、するりと飲める旨い酒。
今まさに、八甲田に抱かれている。この地の名を冠した酒にほんのり酔わされ、心の赴くままに千人風呂へ。その道中も、眼をこころを悦ばせる湯治場風情。年月を経て大切にされた木の放つ艶めきに、胸の深い部分が温まる。
もうもうと湯けむりの立ち込める、夜の湯屋。白さに満ちた空間をぼんやり照らす灯り、その荘厳さのなか肩まで沈む青白きにごり湯。ときおり足をくすぐる、泡とともに底から湧き出る源泉。本当に、酸ヶ湯は酸ヶ湯だ。この宿にしかない情緒に焦がれ、こうしてまたここまで来てしまう。
夜のヒバ千人風呂を満たす世界観に心酔し、再び戻る静かな自室。八甲田での夜の深まりを一層彩るべく、続いて大鰐のサンマモルワイナリー第2工場の醸す津軽ワインレッドスチューベンを開けることに。
津軽の特産であるスチューベンを、贅沢にも100%使って醸したという赤ワイン。すっきりと辛口ながら、しっかりと香るぶどうの風味がとても印象的。最近2本目に地のワインを飲むようになりましたが、その表情の違いに毎回驚かされる。
津軽を感じさせる凛としたワインを含み、ふと窓を開ける。途端に頬を撫でる鮮烈な夜風と、ぽつぽつと当たる雪の冷たさ。
これに逢いたくて、ここまで来た。他の季節にも来てみたいと思いつつ、酸ヶ湯はどうしても冬に足が向いてしまう。こんな世界に一度でも身を置けば、再び味わいたいと願わずにはいられなくなる。焦がれていた冬に早くも染められ、雪の降りしきる八甲田の夜は静かに更けてゆくのでした。
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