雨から雪へと変わる車窓を愛でること約2時間、この旅の目的地である茅野駅に到着。そういえば、ここに降り立つのも、諏訪地方に泊まるのも初めて。最近は想い出の宿を再訪する旅が多かったので、久々にこの感覚を味わいます。
当初は時間が少しあったので諏訪大社にお参りしようかと考えていましたが、降りしきる雪と足元の悪さに断念。駅の周辺で夜のお供を買い込み、そのまま送迎バスに乗車します。
バスは茅野市街を抜け、蓼科目指して標高を上げてゆきます。それにつれどんどんと白くなりゆく車窓に、これから過ごす2泊への期待が弥が上にも高まります。
白銀に染まる車窓に目を細めつつバスに揺られること20分ちょっと、この旅を動機づけた『横谷温泉旅館』に到着。相変わらず降り続ける雪に、早くも心は冬旅仕様。
このときは、1泊に付き1回貸切露天風呂が無料でサービス。チェックイン時に予約をし、早速お部屋へと向かいます。今回は、窓の大きな仙峡亭のプランを予約。一面に広がる銀世界に、もう僕の幸せは約束されたも同然です。
あらためて、大きな窓から見えるこの景色。白銀に染められたモノクロームの世界は、この季節ならではの至極の贅沢。お湯もさることながら、この世界観に逢いたくて冬に旅立つといっても過言ではありません。
とは言いつつも、やっぱりこの宿への宿泊を決めたのはあの独特な温泉。残念ながら大浴場は撮影禁止なのでお伝えすることはできませんが、それはもう最高の湯浴み体験が待っています。
大浴場は巨石露天風呂と渓流露天風呂の2か所で、時間によって男女入れ替え制。到着時はダイナミックな渓谷美を楽しめる巨石露天風呂が男湯に。
川沿いに設えられた大きな湯船には、これでもかと黄金色に染まる濃厚なお湯がたっぷりと。肌に吸着するような浴感に、立ちのぼる湯けむりに宿る鉄の香り。そんなお湯の姿は、また後ほどご紹介。
湯上りの冷たい刺激を流しこみ、あとはただひたすらにぼんやりと。時刻はもうすぐ日没へ。そんななか電気も点けず、暮れゆく白銀をただただこうして眺めていたい。
すっかり夜の闇に包まれた頃、予約していた貸切露天風呂の時間に。月あかりと雪あかり、2つの貸切風呂がありますがどちらも造りは同じとのこと。今夜は月あかりの方で黄金の湯を独り占めすることに。
扉を開けたその瞬間、眼に飛び込むこの情景。美しい。ただその言葉しか出てこない。金色に輝く温泉と、夜闇に浮かぶ銀世界。写真ではその感動の十分の一も伝えられませんが、大袈裟ではなく一瞬にして心を奪われてしまいました。
濃厚な見た目通りの浴感のお湯に肩まで浸かり、立ちのぼる湯けむり越しに望む白銀を纏う木々。これ以上ない金と銀と優美な対比を、温もりに抱かれながら独り占めできるというこの上ない幸せ。あぁ、来て良かった。思わずぽつりと独り言が漏れてしまう。
贅沢な湯浴みを堪能し、お待ちかねの夕食の時間。テーブルには美味しそうな品々が並びます。早速地酒を頼み、南瓜豆腐や前菜から始めます。
お造りには、信州サーモンや鯉の洗い。それぞれ郷土を感じさせる滋味深い味わいが印象的。豚しゃぶは柔らかい肉質と適度な脂がおいしく、左下の蓼科牛赤ワイン蒸しはコクのあるソースとほろりと柔らかい牛の旨味が溶け合います。
陶板焼きは、脂の甘味と赤身の旨味を感じる国産牛のステーキ。揚げたてを運ばれてきたのは、清流虹鱒の甘酢餡掛け。カリッと揚げられた虹鱒は頭からしっぽまで丸ごと食べられ、淡水魚の持つしみじみとした旨味がホクホクの身にしっかりと詰まっています。
続いて運ばれてきたのは、茹でたての石臼挽きの十割そば。十割ながら食感も良く、信州はやっぱりそばだなと地酒片手に頷きます。最後にご飯と赤だし、デザートで〆てお腹はもうパンパンに。
大満足な夕餉を終え、満腹をごろ寝で落ち着かせたところで静かな宴を。まず開けたのは、諏訪は宮坂醸造の真澄あらばしり純米吟醸酒。ひと口含めば、口から鼻へとフレッシュな麹感が広がります。
部屋の電気を消し、バルコニーに設けられた灯りのみで過ごす静かな夜。大きな窓に広がる夜の銀世界は、まるで一幅の絵画のよう。こんな情景をつまみに飲む酒は、それはもう旨いに決まっている。
続いて開けたのは、下諏訪の磐栄運送諏訪御湖鶴酒造場が醸す、御湖鶴純米吟醸諏訪美山錦。え?なぜ運送会社?と思って調べてみると、御湖鶴の酒蔵は廃業してしまい、それをこの運送会社が銘柄を復活させたのだそう。
口に含んでみると、しゅわっとしたピリリと辛い独特な口当たり。以前の御湖鶴とは違う印象だけれど、この新しい御湖鶴も僕は好き。
漆黒の闇に浮かぶ白銀を愛で、気が向けば黄金に輝く濃厚なお湯へ。そんな贅沢が、新宿からこんなに手軽に来られる場所にあったなんて。これはまずい宿を知ってしまった。早くも蓼科の魅力に心酔するのでした。
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